2015/12/09

[031] 到達不能回文


「抱きてえ間男」こと俺らとね、
「寝取られ男」ことお前、敵だ。

[だきてえまおとこことおれらとね
ねとられおとこことおまえてきだ]

回文が作られるとき、それはいきなり完成状態で頭のなかにぽろっと生まれてくるわけではなくて、作り始めのきっかけや作られる過程が何かあるはずです。なので、人が作った回文を読むときは、「この回文、どこから作り始めてどういう過程で作られたんだろうかしらん」と想像を巡らしてみるとなかなか楽しいものです。もちろん、回文をゼロから作るのと、完成形を目の前にして作成過程を想像するのとでは大違いで、しばしばその想像は見当外れになると思いますが、とはいえ、仮想的にでも作成過程が構築できれば、自分でゼロから作るときの何かしらの糧になるでしょう。

たとえば上記の回文
「抱きてえ間男」こと俺らとね、「寝取られ男」ことお前、敵だ。
は、どこから作り始めたものでしょうか。出だしはきっと長めな単語であろう、と推測するのがたぶん常道で、そうすると「寝取られ」か「間男」かですかね。

というとさにあらずで、この回文はラジオ番組「手賀沼ジュンのウナンサッタリ・パンツ」回文コーナー、お題が「俺」だった回への投稿用に作った(そしてボツった)ものでした。さすがにこれを当てるのは難しそうですが、「俺」から作ったと言われてみれば、回文をよく作っている人なら、たしかにこの回文には「俺」から到達しうると納得してもらえるんではないでしょうか。

「俺」ではなくて「間男」からでも「寝取られ」からでも、何らかの過程を想定すれば、上記の回文には到達できそうな感じです。では、文末にある「敵」からだとどうかというと、これは辻褄合わせの語なので、ここから回文全体に到るのはかなり困難と思われます。よほどの奇跡がないと無理でしょう。上記回文は「敵」からは“到達不能”と推測されます。

そういったことを考えてみると、次のようなことを妄想するのもあながち奇天烈ではないと思います。「実は日本語の世界には、まだ誰も発見していない、恐ろしいレベルの傑作回文 X が存在する。しかしその回文 X は、それに含まれるどの語からも到達不能である。そのため、我々にはどう頑張っても X が見つけ出せない。」

このような「到達不能回文 X」が日本語世界のどこかに埋まっていて、しかしそれに気づかずに周辺で地道に回文を作っているのかも、とか考えてみるのも楽しいし、さらに次のように空想してみるともっとワクワクします。「X が到達不能なのは、いま我々の手元にある回文作成法が不十分だからである。まったく新しい作成法を発見すれば、X に到達可能となる。」普段の作成法だけで満足せずに、回文の作り方を模索し続けて、いつか X に達したい、とときどき思ったりするのでした。回文の作り方は、多くの人と語り合いたいテーマです。

21 件のコメント:

  1. いかにも数学屋さん的視点だなあと思いつつそれに非常に共感する私もまた然り。
    あと、詰将棋と通ずるところがあるなぁという思いがよみがえってきました。

    作り始めがどこかという話だと、いつの間にか最初の言葉が消えていることもしばしばです。
    そういうときの方が回文は面白いなぁと感じることが多いかも。

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    1. 詰将棋との類似は私も思います。オリジナリティの問題とかも通じるものがありますよね。

      最初の言葉が消えるっていうときありますね。あと、本文で書かなかったけど、意味から作り始めるとか構造から作り始めるというのもある。それらのどれによっても到達不能な回文が……あるかどうか……
      たまに、作ったプロセスが後から説明できないような仕方で回文が出来上がるときがありますが、そういうプロセスをもっとちゃんと分析できるようになるとよいなあと思っております。

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  2. モーリー2015/12/09 10:34

    到達不可能回文Xですか・・・あるのかなぁ。。。
    あるのであれば、見つけたくなりますね、そのX。
    石油の埋蔵量みたいですね。現時点で掘れる石油の見積もりは、技術革新が起きれば変わる、みたいな。

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    1. X、見つけたいですねえ。回文イノベーションを起こすぞーという気概で作っていると、そのうち何かが起こるかもしれませんよ。

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  3. 到達不能回文、見付かったらご連絡しますねー!

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    1. ぜひお願いしますー。その回文Xを使って「食べた。X。食べた」とすると、これも到達不能に違いありません。1つ見つかるといっぱい見つかる。

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    2. いえ、ある回文が見付かったらその時点でそれが到達不能回文でないことが証明されたことになるんだと思ってたんですけど、到達不能回文の定義の理解間違ってますかしら?

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    3. あ、コメントの意図は理解しておりますです。(自分のコメントも、到達不可能な回文がいっぱい見つかる、という冗談のつもりだったけど、冗談を言う能力のなさゆえすみませんです)
      ただ、いま人類が持っている回文作成法がどういうものかによって、ある回文が到達不能かどうかは変化する、という立場に立てば、昨日到達不能だった回文に今日到達できる、ということはありうるかも。
      まあぜんぶ妄想的な話ですが……

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  4. 私は回文作成途上で処理待ちの文字数を数えます。
    回文単語と一文字の助詞、感嘆詞。加えて送りと返しが共に意味を持つ句の組(例えば胡桃とミルク。ここから私はクルミル句と呼ぶ。シモードニラップという用語もある)
    こうしたものだけで回文を作っている場合、字数がはみ出さないのでレベルゼロ。
    一字のはみ出しは、ライナー。二字ならクワドラティック。三字ならキュービック。これをジ数と呼ぶ。
    仮名書きに於いて完全な日本語の回文は私知る限り全てがジ数キュービック以下の句の組に分解できる。定型でない場合、殆どはライナー以下の句の組に分解できる。
    冒頭の回文だと「抱きてえ-敵だ」ゼロ「間男-ことお前」ライナー「こと-男」ゼロ「俺らとね-寝取られ」ライナーというようにできる。
    仮名書きに於いて完全な日本語の回文はキュービックを超える処理を滅多に必要とせず、ジ数の高い単語は別な句との対応によって、減ジされて使われることを意味している。
    しかし、ローマ字回文などではキュービック以上の処理を必要とする場面は多々ある。
    「連続してキュービック以上の処理を必要とする日本語回文は存在するのか?」
    これが私が今探求している『開けていない立方体(キューブ)問題』であり、この問題が到達不能回文Xへのヒントになる気がする。

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    1. 世間では私と青村さんは似たキャラだと思われているみたいですが、このコメントを読んで、そう思われているのは故あることな気がしましたよ……。私も以前、はみ出した部分を「ラディカル」と呼んでいたのを思い出しました。
      理解できているか自信がありませんが、求めているのは(意味を完全に無視すれば)たとえば
        希土 門外漢 正戦論 盛宣懐 ガンモドキ
      みたいなことでしょうか。はみ出し字数は、たしかに何か新しい作り方に結びつきそうな気はしますね。

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    2.  おはようございます。目から鱗ですね。
       僕は感覚で
      「何だかテンパイまで遠いなあ」とか
      「イーシャンテン」とか感じながら
       作ったりしていましたが、あるいは
      「しょうがないから哭くか(減ジ?)」とかも思ったりしたのかな。

       自作他作問わず既存回文のジ数を照会したくなりますね。
      「回文チェッカー」の様に(あるいは1機能として)
      「ジ数チェッカー」が欲しいですね。
       調べれば誰かならあたらしい何かに気付けるかも知れません。
       青村さん既に持っていませんか?
       ツールあるいは既存回文ジ数一覧。
      (何となく、満を持して貴重な持論を公開してくれた気がするので)

       希土 門外漢 は擬似的に「増ジ」みたいな工程を踏んでるんですかね
      「減ジ法(タイプ分け)」とか
      「増ジ法論」みたいな研究が待たれるんでしょうか。

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    3.  連投失礼。
       回文をクルミル句に分解する行為、
       因数分解ならぬジ数分解というところでしょうか。
      「回文全体の字数A」に対しての「クルミル句数B」の比、A/Bや
      「クルミル句の字数(長短)α」や
      「同一回文内の最短αと最長αとの差分β」も気になりますね。
       A/Bやαが標準からかけ離れていればいるほど
       怪しいオーラの回文という事に?
       逆にこれらの値が異常なのに、
       パッと見が平凡な回文だったりすると(指標と外面の乖離)
       ソコが気になってきたり。
       βが大きいのは偶然歪なのか、
       何かしらの制作条件(制限)による副作用なのか。

       さきほど麻雀にたとえましたが、これらの指標によって
       役に見立てられるケースもありそうです。
      「七対子みたいな回文(α最小、β=0、B=7?)」とか「二盃口だ」とか
      「サンショクとイッツウが共存している(14文字制限は無いので)!」とか。
       これらの役は一定の指標を持ちそうです。

       MLBのセイバー的な回文指標がどんどん有ってどんどんいいかなと。

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    4.  しまった…。
       あくまで指標による(麻雀)役の話なのに
      「14文字制限は無いので」とか書くと連想される七対子が
       大いに異なってしまう…。
      「面子(メンツ)数に制限は無いので」ですね。
       ここでは面子=クルミル句となります。
       申し訳ありません。

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    5.  くっ!
       本当にすみません。読み返すと
      「クルミル句」は「句」の1形態にすぎなくて
       ジ数分解は「回文を(ジ数を踏まえた)句に分解する行為」ですかね。
       僕は「句」と定義されているのを見過ごして
      (「句」が「クルミル句」と定義されたと勘違いして)
      「クルミル句」を用いて指標設定してますが
      「句」でやるべきでした。(あるいはもう句=面子で)
       補完して読んで頂ければ幸いです。すみませんでした。

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  5. 分解の定義は「少なくとも片方が一文節以下であるようにすること」です。実はジ数の概念はここに書いたものよりもう少し複雑で精確に説明しようとするとこのコメント欄ではちょっと煩雑すぎます。
    クルミル句以外の句(の組)にも名前はありますが、それの解説もちょっとややこしいのでここではご勘弁を。

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    1. 独自用語の嵐でなかなかフォローしにくい状況ですが、分解もジ数ももっとちゃんとした定義があるんですね。いつかどこかに書いていただけたら。分解すると何が理解できるようになるか、の解説もぜひ。
      「ライナー」と書かれているのは「リニアー」と呼んだほうがよいかもしれませんね。次数のときはそう言うので。

      はみ出し字数が長い語が処理されると嬉しいものですが、そうしてできた回文が良いものかというと必ずしもそうではなく、むしろ傑作到達不能回文 X では、短い語が精緻に並んでいるのではないだろうかと何となく思っています。

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    2. 最初はリニアと呼んでいたのですが、「じゃあ新幹線レベルや在来線レベルがあるのか」と妙な混ぜっ返しをする奴が居まして、しかたなく「ライナー」と呼んでいます。

      青豆流ではラディカルを持った句を準回文句と呼びます。そしてラディカルの位置により「角(ホーン)付き」「尻尾(テール)付き」と分けています。そしてこうしたラディカル部分を「軸」と呼びます。
      分解の操作を行うと、準回文句のラディカルを吸収して回文にする「ウケジ句」と呼んでいる句があらわれます。ライナーレベルのウケジ句は様々な回文に再利用できます。
      例えば「抱きてえ-敵だ」は「尻尾‘え’が付いた準回文句」を回文にするライナーレベルのウケジ句です。「いいえ」や「良き浮世絵」のような「尻尾‘え’が付いた準回文句」をなんでも回文にできます。
      また、ウケジ句は前後を入れ替えると軸を同じくする準回文句となります。これにより「すまねえ-寝ます」のような軸を同じくするウケジ句と組み合わせれば「抱きてえ寝ます」「すまねえ敵だ」のように長いクルミル句に変わるという島袋の法則による襷掛け、青豆流における「クロスマージ」が起きます。
      また、ライナーレベルの準回文句は幾つ連結してもその軸が変化しないという性質があります。
      ラディカル、軸が回文構造の句は上記のような特徴を備えるのでライナーレベルと考えます。例えば、「北陸本線」は「拡大幹線 快諾か」のような軸が「尻尾‘んせん’」であるようなウケジ句で回文できます。

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    3. 別の「妙な混ぜっ返しをする奴」に一人心当たりがある
      のは置いておいて、
      ついていけずに頓珍漢な事を訊くかも知れませんが…。

      日本語の単語・文節の特徴により、
      日本語回文を「少なくとも片方が一文節以下である様に」分解すると
      ローマ字回文にくらべてより細かくなるので、このことから
      ほぼキュービック以下の処理を必要としない。
      (ローマ字だと字数Countが必然的に多くなる(気がする)ので)
      という事で良いんでしょうか。
      『開けていない立方体(キューブ)問題』は
      この分解条件を突破出来る変態文節日本語を取り揃えられるか
      という事なんでしょうかね。

      (ジ数句)分解は回文が対象となるので「組(対)」ごとに分解され、
      余りが頭か尻に来る様になり、その上で
      クルミル句やライナーといった分類になると(やっと)読み取ったのですが、
      回文の作成途上において余り字(ラディカル)を考える時には
      頭・尻のほかに「腹・股間?」も有る様な気がします。
      (作成時の余り字数と分解時のジ数を混同していました)

      単語としてひとまとまりであるけれど
      頭(に角)でも尻(に尾)でもなく単語の中(腹、股間?)に
      ラディカルを持っている と
      まず認識されるような単語は、テールでもホーンでもなく
      股間に「第三の足(ドーン)」を持っているとでも言いましょうか。
      「イリノイ」なら「リ」or「ノ」のドーン持ち。
      いや、そもそも「角ホーン」や「尾テール」は
      「回文を対象とした(ジ数句)分解時の用語」なので
      ごっちゃには出来ませんね。すみません。

      もっと理解したいので出来れば宜しくお願いします。

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    4. 青豆です。
      更に興味がある方の為にグーグルドライブに「回文力強化ドリル 入門編」のpdfを置いておきます。

      https://drive.google.com/file/d/0B9tW6gPWT8S7UnFRVHcyR3lOZGs/view?usp=sharing

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    5. あれやこれやで遅くなったのですが、ようやく目を通しました。これはそうとうな力作ですなあ。まとめかたが素晴らしい。
      どうやって適当な「ウケジ句」を見つければよいか、という創造的な部分が次は問題になりますよね。続編、期待しておりますよ。

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  6. 「希土 門外漢 正戦論 盛宣懐 ガンモドキ」を
    さらり激怒も‘ん’が遺憾。「聖戦開眼モドキ=ゲリラ」さ
    と変えるような別な回文から派生して「言葉を全取っ替え」して作成される回文、これが到達不能回文Xの正体だと思います。

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