2015/09/07

[019] 回文体講座(3)


竹藪や笹藪焼けた。

[たけやぶやささやぶやけた]
(旧版:(100) 2008/5/13、表記修正)

みなさんこんにちは、回文体講座第3回、講師のアカギレです。今回もご参加ありがとうございます。
今日は恐縮ながら少々急いでおりまして、やや駆け足での講座となりますが、ご了承いただければと思います。

前回学んだ事項をまとめておきますと、
  • 4字の漢語を用いよ
  • 受け身の助動詞は避けよ
  • 長い文は細切れにせよ
  • とはいえ、読点「、」を多用するなどして、さほど細切れでないように見せかけよ
などがありましたね。

宿題は難しかったと思いますが、復習がてらやってみましょう。
箱をあけると、その中に、また小さい箱があって、その小さい箱をあけると、またその中に、もっと小さい箱があって、そいつをあけると、また、また、小さい箱があって、その小さい箱をあけると、また箱があって、そうして、七つも、八つも、あけていって、とうとうおしまいに、さいころくらいの小さい箱が出て来て、そいつをそっとあけてみて、何もない、からっぽ、あの感じ、少し近い。
長い文章なので適切に短くせねばなりませんが、同じようなフレーズが繰り返されているので、何らかのしかたで圧縮するのがよさそうです。そこでたとえば次のようにしてみます。
さる箱ん中にな、箱七重な。終いか、賽大さ。や、空だな、こない感覚あるよ。
「箱七重」として圧縮しました。「七」は回文体ではしばしば使われる数字で、ここで使うにはちょうどよいでしょう。その他、文章を細切れにして、それぞれに終助詞など回文体的な語句を入れてあります。いかがでしょうか。


さて、さっそく今日の題材に入りましょう。今回は、芥川龍之介『藪の中』冒頭を回文体訳してみることにいたします。
最初の段落は次の通りです。
さようでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違いございません。わたしは今朝いつもの通り、裏山の杉を伐りに参りました。すると山陰の藪の中に、あの死骸があったのでございます。あった処でございますか? それは山科の駅路からは、四五町ほど隔たって居りましょう。竹の中に痩せ杉の交じった、人気のない所でございます。
すでに回文体の基礎を学んでおれば、このくらいテテイのテイでできてしまうでしょう。
左様よ。私、死骸見つけ出したわ。余談、今朝山行き杉切るさ。陰の藪、死体あるよ。現地の場かいな? 山科でな、道から遥かさ。竹や杉の森、無人か。
おおよそ前回までのセオリーに従って試訳してみました。これで終わっても何ら問題ないのですが、これからこの試訳に味付けを施すことにいたします。
前回までは、「助詞は省略」「副詞は削除」など、文を短くする方向を重視していて、もちろんそれが回文体の基本なのですが、それとは逆に、回文体にあまり意味のない語句を足すことも実はよく行われます。
前々回に述べた「終助詞を付け足す」というのもそのひとつです。終助詞は回文体ではたいてい意味をもたず、適当にくっつけてよろしい、というのが趣旨でした。
終助詞以外にも、回文体において深い意味を持たない語句というのがいろいろあります。たとえば、前回の講座で例示した回文体訳で、
友来た、「見つけたな!」開けし叫ぶよ。
という箇所がありました。その中の、「開けし」の「し」が、無意味な語句の例です。この「し」は、無意味どころか、そもそも品詞が何かすら分からないのですが、こういう用語法が回文体では実際使われています。

このような無意味な語句を、上記の試訳にも施してみたいと思います。まず
私、死骸見つけ出したわ。
これを次のようにしてみます。
私、死骸とか見つけ出したわ。
助詞「とか」を用いると、本来なら、並列の意味や伝聞の意味が入って、原文の意味から少々乖離してしまうはずです。しかし回文体では、この「とか」はあまり意味がない語句と考えられていて、問題なく使うことができます。ぜひ積極的に用いてみましょう。同様の助詞としては「も」や「なら」などがあります。覚えておくとよいかと思います。

次の文は、試訳だと
余談、今朝山行き杉切るさ。
となっています。「余談」は、原文にはありませんが、回文体特有の無意味な副詞(詳しく言えば文修飾副詞)の一つです。この講座ではたびたび「副詞は削除」と申してきましたが、それは「原文の副詞をそのまま用いる必要はない」という意味にすぎませんので、このような「無意味な副詞」はどんどん使っていくのがよろしいかと思います。他の無意味な副詞の例としては、「よく」「なんか」「たしか」といったものがあります。せっかくなので、ここでも「よく」を使ってみましょう。
余談、今朝山行きよく杉切るさ。
「今朝、よく杉切る」というのは、日常的な言葉づかいからするとよく意味が分かりませんが、回文体では問題ありません。

感動詞を唐突に入れることもよく行われます。「う!」「ま!」「や!」「わお!」など。これらも、回文体で使われている場合は、さして深い意味がないことがほとんどです。たとえば
山科でな、道から遥かさ。
のところにさりげなく使ってみて
あ、山科でな、道から遥かさ。
などとするとよいでしょう。


このように、原文にない語句をさまざまに付け足す方法、ぜひ体得していただければと思います。
少し時間には早いですが、講座はここまでといたします。まとめておきましょう。
さようでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違いございません。わたしは今朝いつもの通り、裏山の杉を伐りに参りました。すると山陰の藪の中に、あの死骸があったのでございます。あった処でございますか? それは山科の駅路からは、四五町ほど隔たって居りましょう。竹の中に痩せ杉の交じった、人気のない所でございます。

左様よ。私、死骸とか見つけ出したわ。余談、今朝山行きよく杉切るさ。陰の藪、死体あるよ。現地の場かいな? あ、山科でな、道から遥かさ。竹や杉の森、無人か。

さて、ここで大事なお知らせがあります。この講座、今回を最終回とさせていただくことになりました。全30回を予定していたのですが、3回で終わってしまって申し訳ありません。
実はこれから羽田へ直行いたします。昨晩ふと気がついたのですが、回文体の特徴のうちのあるものは、日本語に限った話ではなく、英語やフランス語など、外国語の回文体でも共通に観察されるように思うのです。つまり、個別の言語に依存しない何らかの普遍的な法則が回文体を支配しているのではないでしょうか。このことに昨夜夢の中で思い至り、居ても立ってもいられず、これから海外へ飛び、各国の回文体事情を実地で研究しようと決意した次第です。みなさんにはご迷惑をおかけしますが、受講料の返還については事務の方と直接にご交渉くださいませ。

それでは、今後も怠らず回文体学習を継続され、習得に力を注がれんことをお祈りしております。さいなら、またいつかいかんせん来たいな。

4 件のコメント:

  1. ダックス2015/09/08 18:33

    アカギレ先生ご指導ありがとうございました!
    先生のご指導を胸に、恐れることなく、甘んじることなく、回文体と向き合っていく所存です。
    さいなら!WAO!

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    1. ご清聴ありがとうございました! アカギレ先生も喜ばれることでしょう。テープ起こしした私の苦労も報われます。
      回文体の話自体はあと2回ほど続きまする。第三のケースの話です。

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    2. 「さいなら!わお!」
      「第三まだまだ満載だ!おわらないさ!」

      「ねんのため」と、まとめたのんネ。

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    3. 回文まとめどうもです。知らぬうちに第三っていう略称がすでについておりましたかー。
      満載にしたいところですが、あと1回だけで終わってしまいますよ。

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