2017/02/07

[041] 回文の定義(1)

ダーリン、最低…
(旧版:(150) 2008-11-25

回文の定義についてこれから何度かにわたり考察していきます。これは一見するよりもずっと難しい問題で、気が乗らなかったんですが、そろそろ書かねばと。

[037]でも書いたように、「どのような"文字列"が回文であるか」という問いの答えは簡単です。それは、「文字を逆から辿ったときに元と同じになっているもの」です。たとえば、「たけやぶやけない」は、逆から文字を辿ると「いなけやぶやけた」となって元と違うから回文でない。「たけやぶやけた」は「たけやぶやけた」となって元と同じだから回文。単純ですね。

じゃあ回文の定義の問題はこれで終わりじゃないか、と思うかもしれませんが、そうではないのです。たとえば「竹やぶ、焼けた。」という文はどうでしょうか。これを単なる文字列と見た場合、上記のやり方に従えばこれは回文ではなくなってしまいます。じっさい、文字を逆から辿ると「。たけ焼、ぶや竹」となって、元とぜんぜん違います。そうは言っても、「竹やぶ、焼けた。」という文を回文と認めないひとはいないでしょう。"文字列"ではなくて、"文"が回文であることの定義は、何か別にあると考えねばなりません。

「竹やぶ、焼けた。」がなぜ回文であるかについて、世の説明は2通りに分かれるようです。1つは、「この文を音にして読んでみなさい。『た-け-や-ぶ-や-け-た』となるでしょう。それを逆から読めば元と同じですね、だから回文です」という説明です。もう1つは、「この文をひらがなにして書いてみなさい。『たけやぶやけた』となるでしょう。それを逆から辿れば元と同じですね、だから回文です」というものです。前者は音を使っていて、後者は文字を使っていますので、ここでは便宜上、前者を「音ルール」、後者を「文字ルール」と呼ぶことにします。

「音ルール」をちゃんと考えるのは大変です。「竹やぶ、焼けた。」という音を逆から読むとは、音声を逆再生するという意味ではないでしょう。ではどういう意味でしょうか。明快に答えるのは簡単ではなさそうです。そこで、「音ルール」は後回しにして、いったん「文字ルール」だけに焦点を合わせて考えることにします。こちらのほうがまだどうにかなりそうなので、この方向で回文の定義を考えてみましょう。

ひらがな書きとは何か


上に書いたとおり、「文字ルール」とは、回文を次のように定義するものです。
回文とは、それをひらがなにしたとき、逆から辿ると同じになる文である。
一見問題なさそうです。でも、じっくり考えてみると不明瞭な点があります。

まず、次の疑問が浮かびます。
「竹やぶ、焼けた。」をひらがなにすると、本当に「たけやぶやけた」なのでしょうか。「たけやぶ、やけた。」ではないですか? そうだとすると、逆から辿ると「。たけや、ぶやけた」となって、元と違うのではないですか。
これには、上記定義を次のように修正すればよさそうです。
回文とは、句読点を除いてひらがなにしたとき、逆から辿ると同じになる文である。
しかし次の反論もありえます。
じゃあ、「【竹やぶ】焼けた。」はどうですか。句読点を除いてひらがなにすると「【たけやぶ】やけた」ではないですか。逆から辿ると「たけや】ぶやけた【」ですよね。これって回文じゃなくないですか?
それならこう定義すればどうだ。
回文とは、句読点と括弧類を除いてひらがなにしたとき、逆から辿ると同じになる文である。
しかし反論者はこう言ってくる。
じゃあ、「竹やぶ…焼けたwww」はどうですか。「…」も「w」も、句読点でも括弧でもなくないですか。ひらがなにすると「たけやぶ…やけたwww」じゃないですか?
うーんうるさいなあ。っていうか、句読点も「…」も「w」も、ひらがなじゃないからダメなんですよ。次のように定義すればいいんですよ。
回文とは、ひらがなにできるところだけひらがなにしたとき、逆から辿ると同じになる文である。
反論者はまだ食い下がる。
ひらがなにできるかどうかっていうのはどうやって決まってるんですか。「竹やぶ、焼けた。」を「たけやぶてんやけたまる」ってしちゃダメなんですか。そうすると回文じゃないですよね。
もうしつこいなあ。その「てん」とか「まる」とかおかしいでしょう。そこ読まない文字だからね。次のとおり定義すれば問題ないんですよ。
回文とは、ひらがなにできて、発声したときに音が出るところだけひらがなにしたとき、逆から辿ると同じになる文である。
これは反論者の思う壺です。
文字ルールって言いながら音が出てくるんですねwwwまあいいでしょう。百歩譲ってそこは認めましょう。でも、そうするとたとえば「竹やぶ焼っけた」っていう文はどうしますか。「っ」は音が出ないから除外するんですよね。そうするとこれって回文ということになるんですか。
くそーどうしよう。でもそうか、「っ」のところは、1拍の休止になるんだから、音が出てないとはいえ発声のしかたが変わってるな。それならこう定義すれば行けるんじゃね?
回文とは、ひらがなにできて、発声のしかたに影響を与える部分だけひらがなにしたとき、逆から辿ると同じになる文である。(つまり「っ」は発声のしかたに影響するのでひらがなにする)
こうなるとどんどん泥沼です。
「発声のしかたに影響」ってちょっと意味分かんないんですけどwww「竹やぶ焼けた」と「竹やぶ…焼けた」って、発声のしかたに違いはないんですか。ありますよね。「竹やぶ焼けた?」はどうですか。「?」は、文末を上げて読ませるから、もろに発声のしかたに影響しますよね。そうするとこれのひらがな書きは「たけやぶやけたはてな」でいいですか。逆から辿ると「なてはたけやぶやけた」なんですけど。回文じゃないってことでいいですか。
もうやだ!

回文の本体と仮の姿


「ある文をひらがなにする」というのを明確に定義しようとすると厄介なのです。こういう泥沼を回避するために、発想を逆転させて、次のような考えに至るのは自然です。
ひらがな表記「たけやぶやけた」こそが回文の「本体」である。「竹やぶ、焼けた。」という漢字かな交じりの表記は、この回文の意味を分かりやすく示すための、便宜上の表記にすぎない*1
つまり、「「竹やぶ、焼けた。」は回文か? これのひらがな表記は何か?」という議論は筋道が間違っていて、「たけやぶやけた」というひらがなの列こそが回文の本体である、と。「竹やぶ、焼けた。」はこのひらがなの列の意味を分かりやすくするための、回文の「仮の姿」である、と。「竹やぶ、焼けた。」という回文が提示されたら、これは仮の姿であって、その奥に、本来の姿である「たけやぶやけた」がましましている、と考えるわけです。「たけやぶやけた」というひらがなの列自体が回文かどうかには議論の余地がありませんから、これは非常に明快です。

これで万事解決!……で、よいのでしょうか。"文"が回文であることを定義しようとしていたのに、話が単純化されて"文字列"の場合に逆戻りしていないでしょうか。回文というのはけっきょく、単なる「ひらがなの列」なのでしょうか? 「たけやぶやけた」も「ぶざびぐびざぶ」もどちらも回文、ということでいいでしょうか?

次回、この点を引き続き考察します。読んでくれている方に問題意識が伝わっているか、なんだか心もとありませんが……。


*1: この部分については、O太郎さんとの議論で考えが整理されました。感謝いたします。

8 件のコメント:

  1. 「仮名書きし、〈それを読み上げたとき〉送りと返しが一致するものを書きにおいて完全な回文という」では駄面なんでしょうか。

    返信削除
    返信
    1. コメントありがとうございます。記事に書いたとおり、まず「仮名書きする」っていうところに困難があると思うのです。さらにそのあと、それを「読み上げ」たものの「送りと返しが一致」、というのも定義が難しそう(これが音ルールの困難さなのです)。次回さらに考察を深めますのでどうぞお楽しみに。

      削除
  2. 予告編から約9ヶ月、長かったですねー。
    句読点とか括弧とか文で使われる補助記号みたいなのをまとめて約物というみたいなので約物という言葉を使えば回文の定義が上手くできそうな気もするのですが、どうも約物の定義が上手くできないみたいですね。
    あと、「文をひらがなにする」の意味の中に「文字の呼称をひらがなで表記する」という意味が紛れ込んでしまうのも障碍のようです。これを上手く分ける表現がありそうな気もするけど結構難しい。

    返信削除
    返信
    1. お待たせしましてすいません。大変な話題なので先延ばしにしてたんですけど、書き出してみると案外楽しく書けました。
      そうなのです、約物とか記述記号とか言われるものをどうやって定義したらいいか、でずっと悩んでたんですが、どうも無理っぽい気がしました。文字の呼称を排除する、というのもたぶん約物の定義問題と関係していて、そんなに簡単でなさそう。そういうわけで、漢字かな約物混じりの文が回文かどうかを考えるのはもう諦めモードです。

      削除
    2. 思い付いた。そもそも約物のことを考えずともひらがな書き方法が複数あることがあります。例えば「私がしたわ」を[わたくしがしたわ]とひらがな書きしたら回文になりません。同様に「。」は[まる]、[くてん]、[ ](ひらがなにしない)などのひらがな対応があると考えることができるように思います。
      だから定義は「いくつかあるひらがな書きのうちどれかが逆から辿ると同じになる文」としてはどうでしょうか?これだと意地悪なひらがな書き方法を主張されても普通に回文だと思われる文は回文と主張できます。

      削除
    3. うん、私が次回書こうとしてることにほんのり近いです。のであんまり書かないでください(笑)O太郎さんが私と同じ考えにたどり着く前に次回の記事書かなくては。

      削除
  3. こんばんは。よろしくお願いします。
    自分の定義も穴などあるかもしれませんが、こんな観点からはどうでしょう。
    字(文字と数字)の列において、「反対側から読んだ時に通常通りに読んだ時と同じになる」と主張できる要素で成り立つものを回文という。
    ここから縛りの硬軟を分類すると比較的分かりやすくならないだろうかと。
    この定義だと→。。??!!??。。←なども回文に入ってしまいますが、自然界のものを扱うようなときにはありうるかもとか。(将棋で回文的なものもあるようですし。)
    ではでは。

    返信削除
    返信
    1. コメントありがとうございます。そうですね、それが記事内で書いた、"文字列"が回文であることの定義ですね。そこが出発点だとは思うんですが、そこから「竹やぶ、焼けた。」が回文である理由に話を進めようとすると、とたんによく分からなくなると思うのです。次回、続きを書こうと思ってます。

      削除