2022/09/04

[055]“The Palindromists”

ついに“The Palindromists”を観ました。おもしろい!

以下に感じたことなど記します:

英語圏の回文人のドキュメンタリー

“The Palindromists(回文人たち)”は、アメリカ・イギリス・オーストラリアで回文を作っている人々と、2017年に行われた第2回世界回文大会の様子を追ったドキュメンタリー・フィルムです。「世界回文大会」やそれを撮った映像作品の存在自体も興味深いと思いますが、内容はなお興味深い。

前半は回文人のインタビュー映像でだいたい構成されています。英語圏の回文人たちがどういうふうに回文に関わっているか、回文についてどう考えているかを聞くと、驚くほど日本と同じだ、と思うでしょう。

たとえば、短い回文に価値を見出す人、イラストと組み合わせて回文を発表する人、音楽にのせて回文を歌う人、詩として回文を作る人、(これはフィルム後半の内容ですが)えげつない下ネタ回文を大勢の前に出す人、雑誌やラジオの回文コーナー、などなど。日本にも全部ある!

また、周りには回文についての話し相手がいない、説明しても理解してもらえない、世界回文大会で語り合える仲間に会えるのは嬉しい、回文コミュニティは非常に狭い、といった言葉が繰り返されます。回文がきわめてマニアックなものであるという状況も日本と共通しています(当たり前か)。

でも仲間が少ないことを悲観せずに、みんな楽しそうに回文していて素晴らしい。好きな趣味を追求すること、分かり合える仲間がいることへの讃歌になっています。

ところで日本では、回文を作っている人のことを「回文師」と呼ぶことがありますが、この呼び名を自分で名乗るのには私にはちょっと抵抗があります(だから最近は勝手に造語して「回文人」と言っています。「回文家」もよいなと思っているところ)。英語には”palindromist”というニュートラルな単語があって羨ましいなと思っていたのですが、このフィルムで、”palindromist”には”pa”にアクセントをおく流儀と”lin”にアクセントをおく流儀があるのを知りました。”pa”派の一部の人からすると、”lin”のほうは”snooty(気取った感じ)”に聞こえて嫌だそう。そんなところまで日本と並行しているとは。

挿入される Mark Saltveit 氏の回文講座も勉強になります。回文の作り方に加え、名著の紹介、有名回文が作られた背景の解説など。Saltveit氏は豊富な知識に加えて語りがうまく、漫談までやっており、palindromic ambassadorと呼ぶ人もいました。これについては日本で同様の芸当ができる人はいなそうです。

たとえば”A man, a plan, a canal, Panama!”, “Doc, note: I dissent. A fast never prevents a fatness. I diet on cod.”といった回文の作者の存在を、私はこれまで意識していなかったけれど、作者は実ははっきりしていて、どのような状況でこれらの回文が発表されたかまで教えてくれます。ためになります。ほかにも”Go hang a salami! I am lasagna hog!”、SATOR陣など有名回文から、登場する回文人たちのこだわり回文まで、古今の回文が大量に紹介されます。バッハの「蟹のカノン」の演奏まであります。種々の回文を鑑賞できるのも、もちろんこのフィルムの重要な魅力です。

「世界回文大会」!

後半は世界回文大会の様子です。まず大会の形式が面白い。2日にわたって行われるのですが、1日目は4つのお題が提示され、そのあと60分で、(映像でははっきりしないがおそらく)3つのお題を選んで回文を作り、作者オープンの状態で観客に提示、投票で順位を決めます。

1日目の結果発表の直後に2日目のお題5つが出るのですが、今度は1日かけて、(映像でははっきりしないがおそらく)3つのお題で回文を作り、作者非開示の状態で観客に提示、投票で順位を決めます。お題はどんなものかというと、1日目は:

  • 最初か最後がフランス語かスペイン語の単語
  • アルファベットのQを含むがそのあとにUが続かない
  • 最初と最後の単語が韻を踏む
  • 雑誌の名前を2つ以上ふくむ
2日目のお題は:
  • 俳句の形式になっている
  • すべての単語が4字以上
  • 有名な映画のプロットの要約になっている
  • ドナルド・トランプかトランプ政権についての内容
  • 世界回文大会に関係している
お題の多くはかなり難しそうに感じられます。これらが英語回文のお題として成立するということに私は驚きました。英語の回文は日本語に比べて制約が厳しくて作りにくい、日本語の回文のほうが豊かである、というふうに思っていたのですが、それは無知ゆえの思い込みであったと反省した次第。

8人の大会参加者が、60分や1日かけて、辞書や自作回文ノートを見ながら回文を真剣に作る姿は感動的です。また苦心して出来上がった回文にはちゃんと個性が出ているのも分かって面白いです。たとえば Anthony_Etherin 氏は、「Q」のお題で俳句形式の回文を作ったり、「回文大会」のお題で韻を踏んだ8行詩を作ったり、さすがの作り込みよう。

(でも、大会で作られた回文の大半は私の英語力では味わいきれず残念。英語勉強します。)


回文はマニアックで孤独な趣味ですが、この映像からわかるのは、英語でも日本語でも回文に関するそっくりな文化があって、その意味では孤独でないということです。英語と日本語でそうなら、ほかの言語でもそうでしょう。同じように回文を本気で楽しんでいる人々が世界中にいると考えると、清々しい気持ちになります。

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