[しききししききししき]
回文を文字の並べ替えの観点から一般化する、という話を[037]で書きました。要約すると次のようなことです。
以下のような文字の並べ替え方pを考えます。
すると「回文とは、pで変わらない文字列のことだ」と見なせます。そして、pとしてほかの並べ替え方をとると、その並べ替えごとに言葉遊びのルールが決まります。この枠組みによって、回文だけでなく、畳文やSATOR陣などいろいろな言葉遊びを表すことができます。
これはこれで面白いのですが、不満があるとすれば、文字の並べ替え方はとてもたくさんあって、いくらでもぐちゃぐちゃなものがありうるわけで、それらから決まる言葉遊びを考えても何も面白くない、ということです。そのような面白くない言葉遊びと、回文や畳文のような言葉遊びを並列に語っていることになり、何か不自然な感じがする。
その後10年ほど経って、このたび、別の一般化の仕方に気がつきました。これだと、出てくる言葉遊びが4種類に限られ、いずれも面白いと思えるものになります。
対称性と敷き詰め
一般化の鍵は対称性です。
回文は対称性をもっています。何かが「対称性をもつ」というのは、ここでは「それになんらかの操作を施したとき、その結果が、操作する前の状態と一致する」ということです。回文は、文字列に対して「真ん中を軸にして鏡写しにする」という操作を行ったとき、元の状態と一致するため、対称性(鏡映対称性)をもっていると言えます。
畳文はどうでしょうか。畳文とは「ないすないす」(ナイスな椅子)のように、同じ文字列を2度(以上)繰り返すものですが、これは対称性の観点からはどう考えられるでしょうか。
ひとつの考え方は、「文字列を前半と後半にぶった切って入れ替える」という操作で元と一致する文字列が畳文だ、というものです。これは間違いなくその通りですが、この考え方で行くと、ごちゃごちゃした文字の入れ替え操作で一致するものも回文や畳文の仲間に入れることになり、前と同じことになってしまいます。
きっと、「ぶった切って」入れ替える、という操作が、文字の並びを壊すところに問題があるのでしょう。文字の並びを壊す操作なしに、畳文の対称性を説明する方法があるか。
あります。
それは、畳文を直線上に敷き詰めることで可能になります。
「ないすないす」という畳文を、6文字ぶんずつずらしながら直線上に無限に敷き詰めると、以下のようになります:
敷き詰めた直線全体は、3文字ぶんずらすことで元と一致します。つまり、対称性があります。これはどんな畳文でも言えることで、2n文字の畳文なら、「2n文字ずらし」で敷き詰めた結果が、「n文字ずらし」で元と一致します。
要注意なのは、「2n文字ずらし」で敷き詰めた結果が(n文字ずらしではなく)「2n文字ずらし」で一致するのは当たり前だ、ということです。それは畳文でなくても、どんな文字列でも成り立つことです。畳文の特殊性は、「2n文字ずらし」で敷き詰めただけなのに「n文字ずらし」で一致する、という当たり前でない対称性をもつことにあります。
この観察を一般化して、次のように考えます。
アンビドロムとその種類
ある文字列を“規則的に”直線上で敷き詰めたとき、その結果が、敷き詰め方からは当たり前でない対称性をもつとします。(「“規則的に”敷き詰める」の意味は、「敷き詰め結果に含まれるどのXも、敷き詰め結果全体のなかで同じに見えるようにする」ということです。より詳しくは下の方に書いた「おまけ」をご覧ください。) このとき、Xをアンビドロム(ambidrome)と呼ぶことにします。
畳文はアンビドロムです。なぜなら、2n文字ずらしで敷き詰めた結果が、n文字ずらしで一致するという当たり前でない対称性をもつからです。
また、「敷き詰める」の意味をちょっと広く捉えて、「単に文字列1個だけを直線上に置く」というのも“規則的な”敷き詰めだと見なすなら、回文もアンビドロムになります。なぜなら、直線上に「回文を1個だけ置く」という敷き詰めの結果が、真ん中での鏡写し操作で一致する、という当たり前でない対称性をもつからです。
回文と畳文以外に、アンビドロムはあるでしょうか。
あります。
アンビドロムには、次の4種類があります。
(1) 回文
(2) 畳文(同じ文字列をk回繰り返す「k畳文」すべて)
(3) 双回文
(4) 半整数回文
(1)や(2)がアンビドロムになることは、上に説明したとおりです。(3)の「双回文」、(4)の「半整数回文」というのは、聞いたことがないと思います。なぜなら、私が勝手に命名したからです。
(3)の双回文というのは、2つの回文を並べて置いたものです。たとえば
- 永遠のカノン(えいえ + んのかのん)
- コージーコーナー(こーじーこ + ーなー)
- ほんまにマンホール真ん丸ー!(ほんまにまんほ + ーるまんまるー)
などが該当します。これは、「直線上に無限に並べた結果が、鏡写しで元と一致する」という当たり前でない対称性をもちます。並べる前の段階では対称性をもたないのに、並べると対称軸が「発生」するのです。
(4)の半整数回文というのは、同一の偶数文字回文Xを何回か(1回以上)並べて、さらにその回文Xの前半分を最後にくっつけたものです。たとえば(良い例を作るのが難しいのですが)
- 袱紗裂く不服さ(ふくささくふふくさ、X =「ふくささくふ」を1.5回並べている)
- 監査さん果敢さ(かんささんかかんさ、X =「かんささんか」を1.5回並べている)
- 子規忌、志士聞きし死期(しききししききししき、X =「しききし」を2.5回並べている)
などが該当します。これは、直線上に→←→←と向きを交互にしながら並べた結果が、Xひとつぶんずらす操作で元と一致する、という当たり前でない対称性をもちます。
そして、アンビドロムは、この4種類ですべてです。これ以外にありません。潔い。
文字列を敷き詰め結果の対称性という観点で篩にかけると、4種類だけが残る、というのはとても興味深い結果だと思います。しかも、そのうちの2つは(私には)親しみがあるもので、残りの2つは(私には)目新しいものだ、というのも面白いことです。長らく回文について考えてきたつもりですが、これほど自然で面白い事実にこれまで気がついていなかったというのが驚きで、いくらでも鉱脈はあるのだなと実感します。
ところで、上記のアンビドロムの定義で、「直線」を「(連続的な)平面」に、「文字列」を「文字や単語を表す図形」に書き直すと、それはアンビグラムの定義になっています。つまり、同じやり方でアンビグラムの型の分類が可能です。というよりむしろ、最初はアンビグラムの方でこの話をやっていたのですが、その考え方が回文にも適用可能ということに気がついたのでした。そのうちアンビグラムの分類についてもここで何か書くかもしれません。
さて、目新しいもののうちの1つ「双回文」は、あれこれ考えてみるとかなり楽しいものでした。次回詳しく紹介します。
おまけ:数学的に考えてみると
上記のアンビドロムの定義「“規則的に”直線上で敷き詰めたとき、その結果が、敷き詰め方からは当たり前でない対称性をもつ文字列」について、数学的に詳しく説明します。
「文字列Xを“規則的に”敷き詰める」というのは、上にも書いたとおり、「敷き詰め結果にあるどのXも、敷き詰め結果全体のなかで同じに見えるようにする」ということです。.......よくわからないと思うので、数学的に述べると、次のとおりの意味です。
文字を並べるマス目全体を整数の集合 Z だとみなし、Z の等長変換(2点の距離を変えないような Z から Z への写像)のなす群を E とします。Z のある区間 [m,n] (m ≦ nとなる m, n ∈ Z に対して m ≦ i ≦ n となる i の集合)上に書いた文字列 X (すなわち [m,n] から文字の集合への写像のこと)に対して、g ∈ E で X を動かした文字列を g(X) と書きます。そして、E の部分群 G が X を「重なりなく敷き詰める」とは、g, h ∈ G (g ≠ h)に対して g(X) と h(X) それぞれの書かれた区間に重なりがないこととします。また、Eの部分群Gが文字列Xを重なりなく敷き詰めるとき、文字列g(X) (g ∈ G)すべてを合わせた文字列をG(X)とおきます。
「文字列Xを“規則的に”敷き詰める」というのはつまり、「あるEの部分群Gで、Xを重なりなく敷き詰めるものをとって、G(X)を考える」という意味なのでした。
さて、Eの部分群Gが文字列Xを重なりなく敷き詰めるとし、G(X)を考えます。このG(X)を不変にするEの元からなる群Hが、Gより真に大きくなるとき(これが「敷き詰め方(G)からは当たり前でない対称性(H)をもつ」ということ)、XをG敷詰H対称アンビドロム、あるいは単純にアンビドロムと呼ぶわけです。
この定義から、Zの等長変換群Eの部分群GとHでG ⊂ Hとなるペアに対して、アンビドロムの「型」が決まることになります。実は、Eの部分群は、次の4種類に限ります。
- 単位群I
- ある1つの鏡映から生成される位数2の群R
- nマス単位の並進からなる群Tn
- nマス単位の並進と、n/2マスおきに置かれた軸それぞれによる鏡映からなる群Rn
そしてこれらの間の包含関係を調べると、アンビドロムの型は以下の4種類しかないことがわかります。
(1) I ⊂ Rの場合:回文
(2)Tkn ⊂ Tn(k ≧ 2)の場合:畳文(k畳文)
(3) Tn ⊂ Rnの場合:双回文
(4) Rkn ⊂ Rn(kは3以上の奇数)の場合:半整数回文(回文をk/2回繰り返す)
包含関係にある部分群のペアでこのリストに現れていないものもあるのですが、それは、その型に当てはまるアンビドロムが存在しないか、独自の型にならず上記4つのうちのどれかと一致してしまうかです。たとえばI ⊂ Tnに対応するアンビドロムは存在せず(いま考えている文字列は有限の長さなので、Tnの対称性をもちえないから)、Tkn ⊂ Rnは、対応するアンビドロムが回文になってしまいます。
こうしてアンビドロムが4つの型に限定されることがわかるわけです。同様にしてアンビグラムの型の数学的分類が可能です。
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