2016/01/06

回文関係者に聞く(2) いがときしんさんの巻

「私が話を聞きたい回文関係者に、私が聞きたい話を聞く企画」、略して「回文関係者に聞く」の2回めなのです。今回はいがときしんさん(いがさん)にお話を伺いました。いがさんは回文だけでなくて、「アンビグラム」(複数の仕方で読めるようにデザインされた文字列)制作の方面で有名です。ブログ でアンビグラムを発表したり、日本で唯一のアンビグラム書籍『逆立ちしても読める本』を著されたりもしているのです。

罅ワレ(罅) お久しぶりです。
いがときしん(い) 前にお会いしてから、もうすぐ7年になりますね。あれは本が出る直前だから、2009年4月くらいだったはずです。
 あのときは私もアンビグラムを作っていた頃だったので、アンビグラムの話ばかりでしたが、今回は回文中心にお話伺えればと思ってます。まず、回文を始められたきっかけは?
 回文自体は、世間一般のひとと同じように、子供のころに何かのメディアで触れました。「新聞紙」とか「竹やぶ焼けた」とか。ただ、その頃は作るまでには至らず。その後、改めて回文って面白いなと思ったのが、罅ワレさんのブログです。
 マジですか……。(うーんこれブログに書きにくいぞ)
 ある意味学術的に、分析をしながら作っていて、ああこういう考え方もあるんだと思いました。そのつながりでkawaharさんの サイト も見て、すごい作り手さんたちがいるんだなと。それが改めて回文世界に触れたときです。それで作ってみようとしましたが、技術がついてこなくて、洗練させることができませんでした。twitterを2012年4月に始めて、回文クラスタのかたにポロポロひっかかって、フォローしているうちにだんだん技術がついてきたかなあと。
 回文よりもアンビグラムを作りだしたほうが早いんですね。
 そうです。アンビグラムという言葉を知ったのは『天使と悪魔』からだったと思います。その中に出てくる有名な 4元素のアンビグラム は、「ふーん」くらいで、心に響かなかったのですが、検索をしてみると日本でも lszkさん などが作ったものが見つかりました。日本語でもできるのかと、そっちのほうがピーンと来ました。日本ではあまりやられていないようなので、やってみようかなと。いろいろ作ってみて公開できそうな感触ができたので、ブログを始めて、本格的に取り組むようになりました。
 アンビグラムと回文、大きな違いは何でしょう?
 アンビグラムと回文の両方をやっている人は少なくないので、知らない人からすると似た分野に見えると思うんですが、実際はぜんぜん違う。というか、ほとんど接点がない、というのがいまの認識です。まったくメソッドが違います。回文は積み木的で、形が決まっているものをいくらでもつなげられる。最終形が決まっていなくて、つなげていって言語として綺麗に収まったら完成。逆にアンビグラムは、最初に完成形の言葉があって、それを言葉ではなく画像として捉えて作っていくので、彫刻を作る感じ。決まった枠の中で削って綺麗に仕上げる、言ってみればマイナスの作り方です。回文はプラスの作り方。使う脳が違うんじゃないかなあ。
 なるほど。どっちが作りやすいですか?
 うーん、作りやすいのは回文のほうですね。仮名一つ一つという単位が決まっているので、それの並べ替えを考えるだけでいい。アンビグラムでは、形を崩してうまく対応付けることになるので、ちゃんと読めるかどうかを考えながら上手く仕上げるのが、非常に難しい。
 読めるか読めないかは自分ではよくわからないですよね。
 今となっては、一人でアンビグラムを作るのはすごく難しいなと実感しています。最近は、hassoさん が良いアドバイスをくれたり、逆に相談を受けたりしています。「三人寄れば」ですね。
 回文だと「三人寄れば」的な試みはあまりないですね。
 そうですね。回文は、「自分の世界観を出したい」という文学的な面があるので、コラボをすると世界観が失われるというのはあるかもしれない。twitterでいろいろな人の回文を見ていても、その人の作風というのがすごく出ていますね。それぞれの作風の中で表現するところに、回文の面白みがあるのかなあと。
 ご自分の作風はどう捉えてますか? 目指したい方向性などありますか。
 自然な、回文だと気づかないような回文。自然な会話の中に出てきてもおかしくないような回文。それを目指しています。過去に作ったものでは、リカちゃん電話の回文がぴたっとハマったなと思います。
私リカ♪お電話買わんでお借りしたわ
最初はリカちゃんの声なんだけど、最後は真顔で声も控えめになるような、シュールなイメージです。こういう、9割は実際にありそうだが1割シュール、というのが自分の理想です。あるいは、
大気を通る波なる音を聞いた
辞意なんて言えぬ栄転内示
といった、論理的・科学的に正しい回文。こういうのが自分らしいかなあと思っています。また、この言葉はほかの人は拾わないだろう、という言葉を突くのもよくやります:
難解さ・クライテリア・リスクなど管理 だが手が足りんかとなくすリアリティ 落差いかんな…
 いがさんは面白い言葉を使いますよね。"RGB"とか。
 カタカナ語を使う頻度は高いですね。自分の中でレベルが挙がったと感じたのは、覆面回文 で出した、ファイナルファンタジー的な回文を作ったときです。
神の居た日
昔話だ皆

レビアタン 寡黙なエルフ 従え立とう
無派閥な同胞 その愛が 無灯し危機孕む
炎明るく舞うよ まさしく神の答え聞き
官軍神意で雄々しく立ち 敢然不屈

愛し また 憎もうか

叩け悪魔のドア
始まる海鳴 ラムウが生む雷鳴 カルマ
ジハードの幕開け
戦うも苦に 魂熱く憤然
勝ち託し オーディン進軍

掻き消えたこの身隠し 彷徨う魔来るか
蒼の焔吐き 騎士求む
ガイアの空から放つ バハムート

耐え難し震え
泣くもカンタービレ 涙
死なば顰む額のみか
縁語をたくさん集めてまとめ上げるというのを、何か月か頑張ってやりました。これで一個突き抜けたかなあという感じがあります。今見返すと無理のあるところもあって、自然ではありませんが、「世界を広げずに、閉じた中ですっきりまとめたい」という点では、自然な回文と共通点があるかもしれません。次のも覆面回文に出したもので、似たようなコンセプトです。
千葉幕張の友に開口一番まくし立て、
『来て!行ってみようよ!ビンテイジマテリアル!遅い初来店ww ナロウ接ぎ裾ホルター!ティアードスカートだ!カットソーに、モカシンなんてさ、いいモデル!! ガーリーで赤いスーツやシアーシャツ!うすいカーデ、イリーガルでもいいサテンなん! しかもニーソ特価だと明かすwwドア開いて当たる細すぎ通路なんてイラッ! ハイソールあり……て、マジ!?移転秒読み!?て、ついてきてたしクマンバチ!』
言う娘。
「如何にも」
と、ノリは熊蜂。

自然な回文


 ただ、こういうのも作ってはいるものの、目指すところではないのかなあと。
 あ、そうなんですか?
 長く出来て気に入ってはいるんですけど、ちょっと違うかなと最近は思っています。長いと、無理やり仕上げてしまって自然でないところがどうしても出てしまうので。そうやって「創作」するというよりは、「発見」的なほうが自分の作り方としては好ましい。意外な言葉を回したら回文として自然なのが出てきたよ、といったもののほうが好きです。最近の代表作かもしれないのは
寄席だもん 一言々々 品も出せよ
ですね。川柳っぽい五七五のリズムだけど、ちょっと字余りで、真ん中がずれているところも気に入っています。ちょっと破調を好むみたいです。
 ひとの回文だと、気に入っているのはありますか?
 実はひとのは、すごいなと思ってもほとんど覚えていないんだけど、はっきり覚えているのは、くわーにゃさんのこれです。
良い名も腐し、死ぬ気で怒り買う放火。理解できぬし、したくもないよ。
自然な言葉が自然に回っていて、これいいなあと思ったんです。
 うーんいいなあ。
 こういうイメージを目指したいですね。ミオナマジコさんがいろんな回文師の方を評しているうちの私の評で、「『MEN'S NON-NO』の専属モデルがいがさん」というのがあって、なるほどと納得するところがありました。しゅっとした回文というか。目指すところはたしかにそんな感じかなと思います。
 (私は「母方のおじいちゃん」て言われてたよ……) ところで、最初に出た「世界観」の話だと、自然な回文だと世界観って出にくいような気がします。その点はどうですか。
 それでいいと思っています。自分は、回文を「作ったぞー」というよりは、「発掘したぞー」というほうが好きなので。そういう意味では、作るのが自分でなくてもよくて、機械で作るのでもかまいません。機械による回文の自動生成には興味があります。実際、名古屋のほうで研究しているはずです。
 あれはまだまだだなっていう感じでしたね。
 そこに回文師の知恵を注入すれば、すごいのが作れるんじゃないかなあと妄想は膨らむんですが。
 具体的に、こういうアルゴリズムでやるといいっていう考えはありますか。
 ぜんぜんわからないんですけど、ディープ・ラーニングは何となく利かなそうな気がします。ベイジアン・フィルターなど、古典的な統計学による学習のほうがよさそうです。自然な文はそこら辺に転がっているので、それを解析して、文のつながりの確率分布をもとに回文を組み立てる、とか。ぜんぜんわからないんですけど(笑)。
 ただ、回文って難しいなと思うのは、自然な回文と言われているものにも実際はいくらか不自然な部分がありますよね。「世界を崩したいなら泣いた雫を活かせ」とか。そういうのがそのやり方で作れるかどうか。
 その回文、実は自分はあまり好きじゃないんです。その程度では自然じゃないなと。「泣いた雫」って何、と思ってしまう。そこも自然じゃないと、自分の理想じゃない。
 リカちゃん電話の回文の、「買わんで」とかはいいんですか。
 微妙なとこだけど、シュール系ならそこは許容していいんじゃないかと(笑)。話は変わるかもしれないですけど、「買わんで」とか西の言葉は、回文にマッチするのでどうしてもよく使ってしまいます。
 関西弁が妙に使いやすいのは何でなんですかね?
 いろんな文字が「ん」など特定の文字に丸まって、そこで回りやすくなるのかなと。標準語だと別な文字が、関西弁だと特定の文字に転じて、回りやすさが上がるのかもしれません。
 ははあなるほど。自然という点からは、関西弁は使ってもいいんですか?
 統一されていて、関西弁として自然なら。そういう意味では別のハードルの高さはありますね。似非関西弁と言われるかもしれない(笑)。
 終助詞はどうですか。「サル来るさ」などは自然かどうか。
 「さ」とか「な」とかは嫌いで、自分は使わない派です。回文短歌で、中の句が「○○なのな」みたいになるのも嫌いで、使わないで済むようにします。これは、趣味の問題かもしれないけれど、自分のなかでは自然でないと感じているのかもしれません。
 自然な回文を作るコツとかありますか。
 コツはわからないんですが、最近よくやっている作り方では、よくある言い回しから始めてみて、うまく収まらないかを考えます。たとえば「あわよくば」とか、5文字くらいとちょっと長めで、一般的ではないけど特定の場合によく使われる言葉。誰も回していなそうで、実は回るんじゃないの、というのを探す。
 「あわよくば」いいですね。
 言葉のチョイス的には、その辺を狙いたいです。
 特定の語が自然なものでも、全体が自然になるかどうかはまた別ですよね。それをどう処理したらいいか。機械に回文を作らせるときにもその辺が問題になりそう。
 どうしたらいいんですかね。ボキャブラリーを増やすということでしょうか。ボキャブラリーの空間はひとりひとり違うので、そのボキャブラリー群の作る世界観、何が想起されやすいかは違う。人それぞれ偏っているボキャブラリーを増やす活動をする、というのが回文の作りやすさにつながるんじゃないか。
 ボキャブラリーの量ということでいえば、「三人寄れば」式の作り方はやはりありなのかもしれませんね。何かやり方があるかどうか。
 初心者の人だと複数人で作るのはとくによいですよね。初心者でなくても、何かできるかもしれないけど……具体的にどうすればいいかは、ちょっとわかりません。回文は自分の本業ではないから(笑)。
 えぇー。本業でないお話をいろいろ聞いてきてしまいましたが、どうもありがとうございました。
(2016年1月4日談)

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