2016/03/12

回文関係者に聞く(3) ダックスさんの巻

今回はダックスさんにお話を伺います。ラジオ番組「手賀沼ジュンのウナンサッタリパンツ」(略称ウナパン)の回文コーナーでは、思いもつかないフレーズとシチュエーションでリスナーを驚愕させているダックスさん。
さあ!暑い晩は、汚水味アイスを販売ツアーさ!
レオン役、八木君か…。あかん!釘役やん、俺!
そんなダックスワールドの秘密を伺いました。
実はこのインタビュー、去年の12月にオファーしていたのですが、そのころダックスさんは2月に受ける医師国家試験の準備で超絶多忙だったため、試験が終わるのをしばらく待っていたのでした。このたび念願かなってお会いすることができましたよ。

罅ワレ(罅) 回文を始めたきっかけは?
ダックス(ダ) きっかけは、テガジュン(手賀沼ジュン)さんの「ウナンサッタリパンツ」一択です。2014年に、ときどき投稿していたラジオ番組が終わってしまったんですけど、そこで始まったのが「ウナンサッタリパンツ」でした。第1回放送から聴ける番組は初めてだったので、この番組に関わって、いっぱいメールが読まれたらいいなと。そのなかの回文コーナーへの投稿で作り始めたのがきっかけです。いちばん最初のお題は「うどん」だったんですけど、「普通に作ってもダメだろう、長ければ褒めてもらえるかも」と思って、内容よりも長さを重視して頑張って作ってみました。
 そのとき作った回文は覚えてますか?
 はい。そのときからもう内容がアレなんですけど、
竿よりも吊るすうどん、どうするつもりよ長(おさ)
っていう。
 ちょっと意味がわからない(笑)
 わからないですよね。解説が必要なんです。長が仕切っているお祭りがあって、うどんどうするんだよ、みたいな話をイメージしていました。そうしたら、その回文が放送で読まれて、しかもイメージしたとおりの話をテガジュンさんが解説してくださった。それが誤解の始まりで、「回文というのはこれでいいんだ」と思ってしまって、どんどん無茶苦茶なものを作るようになりました。テガジュンさんは褒めて伸ばすタイプの人なので、その都度いいところいいところを見てくれて、優しくフォローしてくださって。一生懸命作ると、またラジオで「ダックスさん頑張ってる」と言ってもらえて。調子に乗って、これでいいやと思ってしまいました。
 そのころから回文の方向性は変わっていないんですね。
 基本的には一緒ですが、とくにそのころは無茶苦茶でした。面白いっぽい内容になっていて、日本語にもかろうじてなっていれば、多少意味がわかんなくてもテガジュンさんにフォローしてもらえるだろうと。いま当時の回文を読み返してみると、死にたいっていう感じです。
 何か転換点があったんですか。
 2014年の終わりくらいまでずっと調子に乗ってたんですが、年明け頃、O太郎さんがラジオに投稿したものを全部twitterでつぶやいてくださるようになって、それを読んで「ん?」と。アベレージがむちゃくちゃ高い。自分の中でOKだと思ってたラインがひょっとしたらぜんぜんOKじゃないのかもしれない、ということにやっと気づき始めました。O太郎さんの回文は日本語が綺麗ですよね。自分もこうじゃなきゃいけないんだ、伝わりやすいものにしないといけないと。O太郎さんが背中で語ってくださったのが、転機になりました。
 転換後、これはうまくできたという回文はありますか?
 それがないんですね(笑)。ぼくは自分の回文があんまり好きじゃなくて。他のひとの回文と比べると、いびつだなと思います。自分のはあくまでラジオのネタのための回文なので、ボケたあと、ツッコミが必要なんです。ツッコミ待ちのワードを入れておいて、さあここでツッコんで、みたいな。他のひとのに比べると、完結してない。テガジュンさんが面白く話してくれると嬉しくなりますけど、そのあとしばらく時間をおいてボケっぱなしの自分の回文を見ると、寂しいなって。
 謙虚ですね(笑)
 いやぜんぜん本当にそう思います。
 O太郎さんみたいな綺麗な言葉で、かつボケとしても優秀な回文が目標なんでしょうか。
 回文にはそのひとの人柄や知識が出ると思うので、O太郎さんみたいなものを作ることは自分にはできないと思っています。それでも、なるべく言葉は綺麗にしたいです。むかしアメリカへ行ったとき、面白いジョークを言ったつもりが、自分の片言の英語ではアメリカ人には笑ってもらえなかった(と信じてる)んですけど、同じように回文でも、面白いことを言おうとしても言葉が汚かったり文のつながりが悪かったりすると、そこに引っかかって楽しめない、ということがあると思います。そういう点を気をつけようと思ったのが、O太郎さんの影響のいちばん大きいところです。
 O太郎さんの回文でとく好きなのは?
 いっぱいあるんですけど、まず、普通に「上手い」もの。例えば
嘘つきが蔓延、閻魔がきつそう
利点言うと「デメリットは?」と吊り目で問うインテリ
などです。それから、文字から空想が広がるもの。O太郎さんのにはそういうのが多いと思います。
遠く豆まく音
っていう回文があって、最初に見たとき「これはすごい」と。いまも見るたびにわぁっと思います。いろんな風景が広がります。自分がこたつの中にいて、遠くでどこかで楽しそうに豆まきをやってるけど、自分は一人だなあ、静かだなあ、とか。あるいは
今に地球覆う雪、地に舞い
これも映画っぽいなあと。これから氷河期が始まるけど、その最初の雪が落ちてきている感じだなと思って。
 想像力がすごい……。
 絵が見えて、それが動く。その文だけにとどまらずに意味が広がる回文はすごいなと思います。ぼくの回文には、絵が見えるのは1個もない。りんさんや他のひとの回文も、絵が見えて羨ましいです。そういう回文が作れたらと思うんですが、ぼくの回文はみんな文字、1次元。それが2次元、3次元、ヘタすると4次元になったりする回文を作れる人は、本当に尊敬します。他のかたの回文と比べると、自分のには何かが欠落している印象があって。ぼくは回文に限らず、ひととコミュニケーションをとったり、ひとに何かを説明するのが苦手で、自分のなかだけで喋ってしまう。「独り言みたいに喋ってるなこの人は」という感じがします。そういうことがもし克服できたら、ひととして成長できるんじゃないか、いい回文も作れるようになるかなという気がします。

ダックス回文はこう作られる


 謙遜されますけど、不思議な言葉で不思議な状況を描くダックスさんの回文は、他の人からすると、それこそどこから発想して作っているのか不思議だと思いますよ。
 それは簡単で、ラジオの投稿から来ていると思います。いわゆる大喜利というものです。何かお題があって、それについて面白いことを言う。ウナパンの回文も、お題とそれをひっくり返した言葉とで面白いこと言ってごらん、という大喜利の形に還元して考えているんじゃないかと思います。
 それが難しいですよ。面白いこと言えっていわれても言えないです。しかも回文で。
 たぶんですけど、面白い番組をたくさん聞いていれば、自分と同じような、あるいはもっと上手な回文が作れるんじゃないかなあと。皆さんラジオはそんなに聞かないですよね。伊集院さんのラジオなどを聞くと、頭がおかしいんじゃないかというくらい面白いことを言う人がいる。それに馴染んでいると、「この方面で攻めるとすぐに面白くなる」という方向性がわかるんじゃないかと思います。
 ダックス回文は造語が独特ですよね。「ドロえもん」とか。
イラつく強盗、僕ドロえもん!燃えろ独房!投獄辛い!
それもラジオ投稿的発想から出てくるんですか。
 ネット界隈やラジオの大喜利では、ドラえもんの2文字目を変えるというのはわりかしよくある手法です。「ドブえもん」とか、変な「えもん」がいっぱい出てきます。変な料理名も作りやすいです。料理の名前と変な調理法があれば、それでできてしまいます。「アイス焼きうどん」とか。
何かと嫌な反動きやすいアイス焼うどん。鼻や胃とかにな。
お手軽すぎて、成長がねえなと思っている作り方なんですが。
 そういう発想をちゃんと回文に結び付けられているのも凄い気がします。
 でも皆さんの回文も、発想がまずあって、それを回文に仕上げていますよね。だから、ある程度以上のスキルがあれば、出来上がる回文はけっきょく発想に依存するんじゃないかなと。回文って、不自然な言葉で妥協すれば、思っていることはだいたい実現できると思うので。ぼくはまだまだですけど、そこは慣れなんじゃないかと思ってます。
 なるほど。ちょっと話を変えますが、回文はいつ作ってますか?
 たとえば、通学の電車と、降りてから歩いて大学に着くときまで。いちばんいいのはドライブ中や、シャワーを浴びているとき。椅子に座って「さあ」という感じでは作れません。体は動いているけど頭は動かさなくていい状況のときに作りやすいかなと思っております。
 かかる時間は?
 たいていそんなに時間はかかってないです。1日かけて考えるようなときもありますけど、そうやって捻った回文はたいてい自己満足でぜんぜん面白くない。長く時間をかけると急に真面目になっちゃったりもして、よくないですね。ぼくの回文は真面目だとまったくいいところがない(笑)。
 辞書は使います?
 回文はスマホで作っているんですが、「どうしてもこの2文字を使いたい」といったときには、ネットで検索したりします。でも、辞書を使ってよかった記憶はあまりないです。アで始まる国を絶対使いたいとかいう場合には、国名一覧なども使いますが、それもたいてい面白くならないですね。どの国でもいいんだったらそんなに面白くないやと。辞書を使わないと出てこない言葉だと、ぼくの場合は面白くならないです。
 ダックスさんの回文は、辞書に出てこない単語が魅力になっていますからね。

ダックスさん回文を作る


 さて、前もってお伝えしたように、今日はこの場で回文作ってほしいと思ってます。
 いやー時間内にできるかなあ。本番に弱いタイプなんですよ。
 何かお題があったほうがいいんでしょうね。
 あ、お題がないとダメですね。
 そうだなあ、えーと……「ヤギ」とかどうですか。(喫茶店の壁にかかっている絵に描いてあった)
 わかりました。ヤギですね。時間はどれくらいありますか。
 いくらでも。
 「ヤギ」の逆は「ぎや」なので……ぼく関西弁大好きなんですけど、「やり過”ぎや”」みたいな感じで……(スマホに入力しつつ)
ヤギ、スリやり過ぎや。
とかだめですか。
 早い。15秒くらいでできましたね。
 お題がよかったですね。
 いやいや、もうちょっと伸ばしましょう。ウナパンでの採用を目指しましょう。
 わかりました。えーと、ちょっと待ってくださいね。「ぎゃ」にすると、「逆」とか「偽薬」とか出てくるんですけど……でもどなたかの回文に「偽薬パクパクヤギ」っていう面白いのがありましたよね……「逆転」を入れますか。そうすると、「逆転無罪」とか入れたくなっちゃう。ぼく、伊集院さんのラジオで使われるようなブラックな感じの言葉を使っちゃうんですよね。……「逆転かい、いかんテク、ヤギ」とか……面白くないですね。うーんすいません、よそ行きモードで作ってる感じになってますが……えーそうですね、あとは、「ヤギ」なので「手紙を食べた」的なことで作ったりしたいのですが、そうすると「黒ヤギ、白ヤギ」とか。……そうすると、できたら「緑ヤギ」とか「紫ヤギ」とか、普通でないやつを入れたいと思い始めます。
 ダックス感出てきましたね。
 あとは「虹色」とか「レインボー」とか。……ぼくは、頭のなかではうまく作れなくて、思いついたらスマホに入れてみます。それを逆から読んでみて、ダメかどうかを判定します。「レインボー」はさすがに無理だろうと思いつつも、入れてみたりして……
 ほほう。
 そうすると、「おぼんいれ」たりすることができそうな気がして、「レインボーヤギや、おぼんいれ」とか。……ところで、いがときしんさんの関西弁の分析はすごかったですね。たしかに関西弁だと多くの言葉が同じ文字に収束する。あれは「まさに」と思って。……「レインボーヤギ」的な言葉、テガジュンさんには喜んでいただけたりするので、これは行けるかもと思ったりしつつ……「お盆入れ」に続くのは、「る」とか「た」とか「ました」とかですね。こうして文字に制限があったほうが作りやすいと思っていて。「ました」を続けるのは無理だとわかったので、「る」にしてみると、
夜、レインボーヤギや、お盆入れるよ。
的な。「夜……るよ」は、ぼくは頻用しちゃうんですけど、あんまりいいとは思ってなくて。えーそんな感じで、「お盆入れ」は行けるかなと思ったけど、言うほど面白くねえなと思ったりして。「レインボーヤギ」は、他のものが思いつかなかったらそのうち育ててあげようかっていう気持ちになって。(注:あとでダックスさんが、育てた回文を送ってくださいました: 「いた!見ろい!」「な、なにぃ!?レインボー山羊や!」「お盆異例に七色みたい」)
「レインボー」まで行っちゃうと、「赤ヤギ」とか「紫ヤギ」とかだともう物足りなくなるので、いろんな色のヤギ残念、っていう感じになりますね。別の言葉だと、そうですね、「ヤギヒゲ」とか。そうすると「げ秘技や」って出るので、秘技ならヤギヒゲの人がわざわざしそうな気がしてきて。ヤギヒゲの人は、お爺さんだと普通すぎるので、ヤギヒゲの女の子とか乙女とかにしたいですが。
 さすがの発想……
 「げ秘技や」の「げ」が余っていて、感嘆詞にできるけど、O太郎さんが「感嘆詞に頼るのはよくない」と言っていたのをぼくも心のなかにいつも留めていて、感嘆詞が使える場面ではいつも代議士っぽい顔が思い浮かぶんですけど(注:ダックスさん曰く、写真で見たO太郎さんの顔が河野太郎に似ていたそう)、はい、そうすると、もうぼくのなかでは余っている「げ」は「ワキ毛」か「尻毛」か「ケツ毛」しかない。そういう下品なやつしか出てこないので。「ワキ毛」だと、ヤギヒゲを「きわ」められるかなと思い始めて。
ヤギヒゲ極め、ワキ毛秘技や。
ヤギヒゲは極めたので、次はワキ毛の秘技だと。そうすると、あ、夜がついちゃいますけど、
夜、ヤギヒゲ極めたため、ワキ毛秘技やるよ。
 できましたね!
 これならウナパンに出してもいいかもって思います。意味はさっぱりわからないですけど、テガジュンさんなら愉快に解説してくれるかなと期待してしまいます。
 いやーすごいものを目の当たりにした気がしますよ……作り始めてから7分ですね。
 でも、フォーマットを多用しているのと、思考パターンがワンパターンなので、自分にとってはいつも同じだなっていう感じになります。
 人前でサラッと作れるのもそうとうすごいと思いますよ。
 お話をしていて、考えがまとまりやすかったというのがあったかもしれません。いつもは一人でもそもそしながら作っているので。どなたかと一緒にやるのは良いものですね。

 無茶振りも交えてしまいましたが、今日はありがとうございました。最後に「これはぜひ言っておきたい」ということは何かありますか。
 いま回文をすごく楽しめていて本当にハッピーですけど、それって土壌がないとできないことです。ウナパンでも、twitterを中心にしたコミュニティでも、このジャンルを盛り上げようとしている方がいるから楽しめている。だって、回文を作っていても誰も見てくれなかったら、単なる可哀想な人ですからね。この歳になると見てくれる人もなかなかいないですから。
書道の部活の漫画がありますが、面白いですよね。マニアックな部活でも突き詰めるとこんなに楽しいのかと。でも考えてみれば、回文もそう。作ったものを毎週いろんなひとが見てくださって、褒めてくださったりここ良くないよと言ってもらえたり。ときどき大会みたいなものも開かれて、みんなで切磋琢磨する。こんな楽しいことがこの歳でできているんだと思うと、ラッキーだなと思うし、感謝に絶えません。感謝感謝です。
[2016年3月6日談]

7 件のコメント:

  1. たいへん興味深く読ませていただきました!
    やはり、ダックスさん、すごい方です。すごい罅ワレさんとすごいダックスさんが、回文について語っておられる…隣のテーブルに居たかったです(笑)
    ヤギ回文の展開も、驚きでした。
    とにかく、素晴らしいインタビューをありがとうございました(´▽`)…自分の名前が出て来てびっくり…ありがとうございます。

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    1. どうもありがとうございます。ダックスさんの話はいたるところ興味深いものだったので、その様子がうまく文字にできているといいんですが。
      ヤギ回文のところは、どうにか臨場感を出したくて、あんまり編集しない形でまとめてみましたが、読みにくいかもしれずすいません。

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  2. 長いこと知りたかったダックスさんの頭脳の一部が明らかになりました。実に意義深い記事です。
    特に「ダックスさん回文を作る」は実に臨場感たっぷりのレポートでした。
    前から速いような気はしていましたがその速さが明らかになり、しかもその思考過程の解説まで。素晴らしい企画です。
    そしてダックスさん、才能が溢れているのに謙虚な方ですねー。

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    1. 河野太郎には似ていないO太郎さん、コメントありがとうございます。
      ひとが回文を作るところはなかなか見られないので、貴重な体験となりました。それにしても本当に速くて驚きました。思考過程の解説のところでは、文字にするとわかりにくそうな余談はカットしていますので、もっといろいろ喋っていますし、喋らないで作ればきっともっと速いだろうから、ちょっと底知れない感じがします。

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  3. ボクはそもそもダックスさんのプロフィールを全く知らず、ヘンテコなコトバもうまく使いながら自在に回文作ってるどこかのおっさんかと思ってたのですが、まさか同業者になろうとしている方だったとは(驚)

    ライブ感があって、面白い対談記事でした。
    ボクなんかの作り方と似てるような部分も感じつつ、しかしアウトプットが全然違っておもしろいなぁと。

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    1. そうか、同業者だからこそ、twitterのアイコンが抗体だったのか!

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    2. ありがとうございます! 「ヘンテコなコトバもうまく使いながら自在に回文作ってるどこかのおっさん」というのは間違ってないような気がします(笑)。
      そして、あのアイコンは何なんだろうと長らく疑問だったのですが、そういうわけか……

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