2015/11/08

[028] 不可能構造


軽い機敏な仔猫、
とある年に、「痔や歯が痛い」だの
そうとう突然悶絶、
とうとうその大体が早死にしとる。
あと仔猫、何匹いるか……。

[かるいきびんなこねこ
とあるとしに じやはがいたいだの
そうとうとつぜんもんぜつ
とうとうそのだいたいがはやじにしとる
あとこねこ なんびきいるか]

以前の記事[020]のコメント欄でも書きましたが、以前、「松は木偏に公」みたいな構造の回文がないか探していたことがあります。つまり、「(漢字)は、(部首)に(つくり)」という構造をした回文で、かつ、漢字の構成の説明としてもちゃんと正しくなっているもの。漢字辞典を探索した結果、ふつうに使われている漢字では、そういう構造の回文になるものはなさそうでした。残念。

このように、構造を何か設定して回文を作り始めると、そもそもその構造をもつ回文が存在しないようだ、という結果になってしまう場合があります。これはまことにがっかりです。でも、以下に紹介するのは、存在しないこと自体に面白さがある、という珍しいケースなのです。

それは、「猫が寝込んだ」「井戸が挑んだ」のように、「○○が○○んだ」というダジャレの形をしている回文です。このような回文は存在しません。「○○が○○んだ」の文末の「んだ」のところが、その前に来る動詞の種類によって形を変えて、「○○が○○った」「○○が○○た」「○○が○○だ」というふうになったダジャレも考えられますが、これらの形をした回文もやっぱり存在しません。作ってみようとすると、たしかになさそうだ、ということがわかると思います。でも、この構造をした回文が存在しないのは、単に「頑張って探してもどうしても見つからない」というだけではなくて、そもそも、「数学的に存在しないことが証明できる」のです。ここが面白いところ。

これを証明したのは、いま電気通信大学情報理工学部にいる中野圭介さんという方です(だと思います)。次のページに情報があります:
折り紙とダジャレの共通点 -- みたにっき@はてな

「○○が○○んだ」という構造の回文が存在しないことの証明は次のとおりです。そんなに難しくありません。
文字列 A に対して、
A が A んだ  ……(*)
が回文になったとします。すると A は"だん"で始まるはずです。A の先頭から"だん"を除いた部分を B としましょう。つまり、「A = だんB」となります。これを(*)に代入すると
だん B がだん B んだ
となります。これが回文なので、最初と最後の「だん」「んだ」を除いた
B がだん B
も回文になっているはずです。ということは、(前と後ろから一文字ずつたどってみれば)「B」自体が回文であって、さらに中央部の「がだん」も回文になっていないといけないのですが、明らかに「がだん」は回文になっていませんので、これは不可能です。これで「○○が○○んだ」という構造の回文が存在しないことが証明されました。
「○○が○○った」「○○が○○た」「○○が○○だ」についても、同様に非存在が証明できます。

そういうわけで、ダジャレの構造をもつ回文を作ろうとしたら、「○○が○○んだ」の形で考えるのは不毛である、ということになります。どうしても「猫が寝込んだ」的な回文が作りたければ、真ん中の助詞のところをいじって
大帝たら炊いていた
とするとか、ほかに余分なものをつけて
ネタ:犬井が射抜いたね
とするとか、何かしら細工をする必要があるのですな。

こういう数学的なものの考え方を取り入れて回文を作ると、何か新しいものが得られそうな気がします。ほかに似たような例があればぜひ教えてくだされ。

5 件のコメント:

  1. 数学的に存在しないことを証明!すごいです。

    浮かんだダジャレ回文は
    ☆男子がdancing だが死んだ
     (だんしがだんしんだがしんだ)
    です。dancingの読みが、多少ムリしてますが。似た言葉を3回以上入れるダジャレ回文も存在しないのでしょうか?
    文系なので、そこまで考察できず、すみません。

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    1. dancing, 声に出して読みたい回文ですね。なんかドラム音っぽい。男子はいつも死んでいてちょっと可愛そうですが。
      3回以上入れるのは……
        遺体が言いたい。「胃が痛い」
      うーんぜんぜん理系感はないです。

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  2. ユンブイカさんが、部首回文を考えてくださっています:
    http://d.hatena.ne.jp/kaibun/20151129
    すごい執念を感じる……「火偏へ丁は灯、人偏に丁は無いな、俳て人偏に非、排、手偏へ非。」!!

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    1. モーリー2015/11/17 19:31

      確かにすごい執念だ・・・
      「部首」とかにこだわらず、漢字の構造を回文で表した物はたにけさんがたくさん作ってましたし、一時期はやってボクも作った記憶があります。(回文自体を失念しました)
      また、もとの漢字と、それをバラバラにしたパーツをすべて含む回文というのに挑戦した時期もありました。
      「世」の中秋は「サ」、「木」の【葉】の濃さは黄・赤なのよ。
      (よのなかあきはさこのはのこさはきあかなのよ)
      以前の作品なので、「木の葉の濃さは黄・赤」ってどんな日本語やねん、とかツッコミどころ満載ですが。

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    2. このコメント、いま偶然発見しました。通知が来なかったなあ、なぜだろう……。失礼しました。
      「葉」もまた執念を感じますね……。でも、漢字の構造を使った回文は、そのコンセプトがぶれないように、極力余計な情報を入れないものを作りたいですね。その点、ユンブイカさんのは理想にかなり近いです。上記のコメントを書いたあとで、さらに以下のものが追加されていました。
      「木偏へ奇はイ、ガイは木偏へ既」
      これ殿堂入りです。

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