2015/11/29

回文関係者に聞く(1) O太郎さんの巻

たまにはちょっと違うことをやろうと思い立ち、インタビュー企画をやってみることにしました。私が話を聞きたい回文関係者に、私が聞きたい話を聞くという、自分勝手な企画です。
今回はO太郎さんにお話を伺いました。著書『回文まんが』や、作並の 回文コンテスト など多方面での活躍で知られているO太郎さんの、その回文遍歴と回文の美意識などについてあれこれ聞きましたよ。

O太郎回文のこれまで


罅ワレ(罅) 回文との出会いは?
O太郎(O) 幼いころ読んだ、土屋耕一さんの『つつみがみっつ』という絵本です。イラストもついていて、覚えやすい言葉がたくさん書いてあって、頭に刷り込まれました。逆さに読んで同じになる以前に、面白い言葉に興味を持ちましたね。載っている回文は全部覚えていますが、とくに印象深いのは「かるいきびんなこねこなんびきいるか」「かんけいないけんか」「おともだちうちだもとお」などです。
 作り始めたのはいつでしょう。
 作り始めたというべきかはわからないけど、小学校のころ友達と回文で遊んでいました。自分で作ったのは幼稚なレベルで、忘れてしまいましたが、友達が作ったのは覚えています。「濡れた傘は逆垂れぬ」。よくわからないけど、そのときは「逆さに垂れないんだなあ」と思って納得しちゃった。すごいと思ったんだけどね。その後、高校のときに作っていて、やればできるんだな、くらいの印象をもちました。
 たとえばどんな回文?
 …(しばし沈黙)…思い出したのは、人名を使った回文ですね。友達の名前とかアイドルの名前とか。あんまり例としては挙げたくない(笑)。大学では、美術サークルだったんだけど、あるときことば遊び研究会の会誌に回文が載っているのを見て、自分でもできるんじゃないのと思ってまた作り始めました。
 この程度なら俺にもできる、と。
 いえいえ、そういう訳じゃないんですけど、なんかできるような気がしたんです。あるとき、ことば遊び研究会が賞金つきで回文を募集していて、燃えました。それまでに作り貯めた中からそこそこいいのを送ったら、入選しました。
エネルギイ勝手次第出して使い切るねえ
というのです。
 清音と濁音の変換があるんですね。
 それに「エネルギー」を「エネルギイ」ってしてる。この賞金で1万円をもらいました。
 けっこうな額ですね。
 また、大学時代に、のちに出版する『回文まんが』の前身を作りました。回文とイラストを組み合わせたものを美術部のみんなに見せたら喜ばれたので、調子に乗って60~80個くらい作って、学園祭での展覧会に出した。お客さんにはすごく受けてた。写真にとってる人もいて、これはいけるんじゃないかと。当時のものはとってあります。絵も下手だし回文も下手なんだけどね。
 『回文まんが』を出すまでの経緯は?
 大学を卒業したあと、しばらく回文はやってなかったと思う。あるとき書店で『回文のすべて』という本を見つけて、眼から鱗が落ちた。
 あの本はエポックメイキングでしたね。
 そうですね。量が多いし、全部清濁変換なしだし、長音符も対応しているっていうのが驚きでした。厳しいルールの中でこれだけ作れるのかと。その本以前は、自分は緩和規則をそれなりに許してましたが、まだまだ回文ってできるんだなと思ってね。それでまた作り始めた。作ったらイラストも付けたいな、イラストもつけるなら本の体裁のほうがいいなと思って、作ってみた。しばらくはそれをどうしたらいいかわからなくて、友だちに見せたりコピーして配ったりしてたんだけど、新聞に「本にする原稿探してます」という広告を見つけて、送ってみようと。
 賞をとられたんですよね。
 「出版大賞に当選しました」という知らせが来て、本にしてあげますと。そのうえ30万円もらった。会社員やめられるかも、とちょっと思ったね(笑)。『回文のすべて』の著者には、回文絵本を作ったから見てくださいというメールを送って、お褒めの言葉をいただいた。光栄に思いましたね。
 その後 2冊目 も書かれたんですね。
 そうそう。1年後くらいです。まだエネルギーも情熱もあったからね。
 読者からの反響は?
 ぽつぽつありましたね。たとえば岐阜の主婦の方で、ボランティアで小学生に読み聞かせをやっている方が、『回文まんが』を使ったら子どもたちに大受けで、そのビデオを送ってきてくれたり、お嬢さんと二人で会いに来てくれたり。ほのぼのいろいろございます。
 O太郎さんと言えば、作並の回文コンテストでの活動もありますね。
 第2回から送り始めたけど何年かは採用されなくて、最初にコンテストで選ばれたのは、第5回の
噛めたのは 抜かず疼かぬ 歯のためか
っていうのです。翌年に「作並の四季」が選ばれた。
 作並史上に残る有名な「春夏秋冬」ですね。
岸の皆草 萌ゆる春 朝夕深む樹 繁る夏 荻有る野道 実る秋
乙なる景色 迎ふ冬 差有る張る湯も作並の四季
 皆さんに褒めてもらえることが多いということは、よい出来なのだと思います。当時の周りの反応もよかったですね。自分でもやったーと思いました。
 「作並の四季」は、どこから着想を?
 世の中に長い回文はあるけれども、長くなればなるほど制御しきれなくなって意味がわからなくなっちゃう。長い回文を作るにはどうすればいいかと考えました。それで、体言止めが延々と続いている、詩みたいな体裁ではどうかと思ったんですね。そう思ってたところに、作並温泉で「作並の四季」っていうタイトルの写真を見たんですよ。作並の四季、岸の皆草。これに春夏秋冬を並べてみたらいけるんじゃないの、と。その後作業を始めてから3日間でできました。回文を長くするなら、ああするしかないとあのときは思っていました。でも違うね、罅ワレさんのを見てわかった。接続詞を使えばちゃんとした長い文になるんだなと思って。
 どうも恐縮です。「作並の四季」みたいな回文は当時ほかになかったのでは?
 そうですね。今もあまりない。コジヤジコさんの
橙は、蜜柑さ。 赤は、血の色。 命は、母さん。 神は、偉大だ。
がちょっと近いですね。
 その後の活動は?
 「作並の四季」を作った時期に、『賞とるマガジン』という雑誌でインタビューを受けたり、西東京市で回文教室の講師をしたりしました。全盛期でしたね。あと、「たいこめの会」の掲示板に書き込みをしていたところから、会の人との付き合いが始まりました。今も続いています。その会で、週刊ポストの「弘兼憲史の回文塾」に投稿している人がいて、それに対抗してせっせと送っていた時期もあります。その後だと、あまり燃えてはいなかったけど、mixiでも回文を作っていました。それからtwitter始めたり、ラジオ投稿を始めたりして今に至る、と。
 こんなに幅広く活動されている人はいないですよ。
 そう思うと長い歴史になりますねえ。回文をやってていちばん嬉しかったのは、罅ワレさんに話しかけられたとき。有名人になった気分で、生きててよかったと思いました。このことは書きましょうよ。
 ではまあ書いておきましょう……。(注:どういう話かというと、5年前、私がまだO太郎さんと知り合いでなかった頃のこと。出かけた先で偶然見かけた人物が、どうもどこかで見た顔だと思ってつらつら考えてみると、『回文まんが』の著者紹介のところに載っている写真の顔にそっくりだということに思い至り、意を決して話しかけてみたら、たしかにO太郎さんだったのです。これがO太郎さんと私の出会いでありました)

分かりやすい回文


 長年回文を作っていて、作風に変化はありましたか。
 ひとからいろいろ影響を受けて揺れてはいますけど、変わっていないのは、覚えやすくて分かりやすい回文、というところです。土屋耕一さんみたいな回文が作りたい、っていうことですね。
 揺れてこられたというのは?
 清濁変換がそうですね。「エネルギイ」も「作並の四季」も清濁変換ありです。当時は「できるだけ清濁変換をつかわない」っていう意識だったんですよ。少ないほうが良いっていう認識だった。意識は徐々に変わっていって、いまは清濁変換は完全に使いません。それは、ひとのものを見て、変換せずともいいのができることがわかったからでしょうね。探索範囲がいろいろあることがわかった。やっぱり『回文のすべて』の影響が大きいですね。
 私もあの本には衝撃を受けました。でもいま読むとちょっと古いなっていう感じはありますね。
 新しい手法が生まれて、それが普通になってきているというのはありますね。カッコ書きをして、カッコの中まで読むとか。あるいは、みィさんの
'凸凹'で葛藤、音?訓?「おうとつ」か「でこぼこ」で。
みたいな、アッと驚くような仕掛けものとか。『回文のすべて』の回文は王道で、衒ったような回文はない。
 衒ったような回文が出てきたのはいつなんでしょう。昔はないですよね。
 インターネットで見せ合いっこをするようになってからですかね。「どうだこんな発想もあるぞ」みたいな。twitterじゃないですか。
 O太郎さんが今後目指したい方向は?
 大きい野望はなくて、今までどおり、覚えやすく分かりやすいもの。人々に口伝えで伝えられて後世に残るような回文を作りたいですね。あとは、「作並の四季」みたいな、長くてすごいだろと威張れるような回文もまたつくってみたいとは思ってます。
 これまでに作った回文で、分かりやすさの点で理想に近いものはなんでしょう?
 好きなのは
たった今 春告げ鶴は 舞い立った
です。
 回文を分かりやすくするために心がけていることはありますか。
 あまり感動詞を使わないようにしてます。「う、」とか。意味がしっくり来るなら感動詞も使いますけど、辻褄あわせみたいに使うとわかりにくくなってしまう場合が多いです。あとは、難しい言葉を使わないとか。
 辞書は使います?
 使います。逆引き辞典も。ぼくは自分の頭の限界が感じられるので、ボキャブラリーがばーっと出てこないんですよ。辞書に頼らないと言葉に思い至らないことが多いので、そこは自分を信用しないでほかの可能性を探索するために辞書を使います。でもあれだね、逆に、辞書で調べて見つからないと、もうないやって思っちゃうんだよね。それもよくない。辞書に載っていない面白い言葉もあるはずなんだけども、諦めちゃう。
 それが思いつける人はすごいですね。ダックスさんとか。
 ダックスさんは不思議ですね。すごい勢いですごい範囲の単語を走り回ってるんだろうなと。ダックスさんみたいに考えるにはどうしたらいいかを考えて納得したいとは思ってます。
 分かりやすくするための心がけ、ほかにはありますか。
 回文をあんまり長くしようとしないことですかね。長くても分かりやすければいいんだけど、それは諦めちゃう。
 短いとオリジナリティを出すのが難しい、という問題もありますが、どうでしょう。
 そうですね、自分のだって言えないことになる。自分のだと思って出しても、「俺のほうが先に作っていた」と思っている人がいるかもしれない。それは面白くないですね。……でもまあいいや(笑)。自然界に存在するものを見つけているようなものだと思えば。あとは、発見者の名誉が欲しいかどうかだけど、うーん、できれば欲しいけど、なくてもいいやっていう気がします。
 O太郎さんがこれほど飽きずに続けてこられた、回文の魅力って何でしょう。
 やっぱり発見する喜びですね。このあいだ、数を回文で表す方法を誰が最初に発見するかっていうことで盛り上がった。あれと一緒じゃないですか。誰が最初に面白い回文を見つけるか、発見者を競ってる感じ。それと、実際は回文にはしょっちゅう飽きてるんです。でもそのたびに、外から刺激があって、やってやろうという気持ちになる。ひとの回文を見て、こんなことができるんだと他の可能性を教えてもらえる。続けてこられたのは、ひとのおかげですね。
(2015年11月23日談)

6 件のコメント:

  1. 回文を読んだりつくったりするのも好きだけれど、あぁ私は回文についてどなたかが語られているのを聞くのも好きなんだ…と認識しました。O太郎さんの作並回文、みィさんの凸凹回文は不勉強故の初見でしたが感動しました。素敵なブログ!ありがとうございます。

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    1. こちらこそありがとうございます。良い試みだったと自分でも思います。O太郎さんの楽しい語り方が再現できないのが残念ですが。
      人の回文を自然な形で紹介できるのもインタビューのいいところですね。作並の四季も凸凹も、着想が卓抜で刺激的です。

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  2. これはいい企画ですねぇ。ルーツが見えてくるのって面白いです。
    きっと罅ワレさん「に」インタビューするっていうのも
    みなさんは見たいのではないかと思ったり。

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    1. ありがとうございます。ブログで私がやりたいことは、実はこのやり方によって、いちばんうまく実現できるのかもしれません。
      私自身のインタビューは……誰かやりたい人ー

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  3. この記事を読んで「回文のすべて」を中古でしたが購入しました。
    そしたらなんと、ボクが回文を始めるきっかけとなった回文作成宿題の際に、参考として配られたプリントがまさにこの本のコピーでした!
    運命の再会を果たしたような気分でした。

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    1. なんと、モーリーさんと回文との出会いの傍らには『回文のすべて』がいましたか、さすがは回文史に名を刻む本ですなあ。回文を宿題に出し、あの本のコピーをプリントとして配った先生も只者でない。
      運命の再開のきっかけをこのブログが作れてうれしくおもいます。

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