2016/01/11

[035] モテ期の真実


来ても良い頃だろ、来いよモテ期!

[きてもよいころだろ こいよもてき]
(旧版:(212) 2011/1/26

標記の回文、もはや有名になりすぎてしまって、自分が作りましたと主張するのも何となく恥ずかしい感じがあるし、むしろ信じてもらえないんじゃないかとすら思ってしまう……。まあしかし、私が見つけてなくても誰かしらが見つけていただろうし、作者不明の回文になって広がっていっておくれっていう気分でおりますよ。

[033]で、「世の中ね、顔かお金かなのよ」の作られ方を妄想する記事を書きました。「来ても良い頃だろ……」については、どうやって作ったか自分で明確に覚えているので、妄想ならぬ確かな真実を記すことができます。ちょっと意外な作られ方になっていると思うので、書いておくのにも意味があるかと。

一見するとごく自然な回文なだけに、発見的にあっさり作れたのでは、という気がすると思います。「モテ期」をひっくり返すと「来ても」になり、それが「来ても良い」を生み、「来いよ」が生まれ……と一直線にできそう。完成形を見る限り自分でも、そのステップで作れて然るべきな気がするし、何なら、単に自分の心情を吐露したら偶然回文だったのでは、という思いすら湧くのだけれど、実際は以下のような奇妙なステップを踏んで出てきたものなのでした。

「モテ期」で回文を作ろうと思って作り始めました。まず「モテ期が来ても」というフレーズが自然と作れるので、「ダメだ、モテ期が来てもダメだ」とかができました。これは完成してはいるけれど、工夫がない感じで、もう少しどうにかしたい。モテ期の力はこんなものではないはずだ。

「モテ期」を最後において、「来ても……モテ期」としてみようか。この場合、私は「モテ期」の直前に置く語の品詞を考えたくなります。「モテ期」の前で文が途切れておらず、直前の語が「モテ期」を修飾しているとすれば、その品詞としては
  • 形容詞・形容動詞(素敵なモテ期)
  • 動詞(満喫するモテ期)
  • 助動詞(誇れないモテ期)
  • 助詞(嫁のモテ期)
が考えられます。候補多すぎです。なにせ「来ても」「モテ期」が余りなく対応しているので、品詞で考えれば何でも持ってこられる。

仕方ないので、とりあえず、形容詞を考えました。形容詞は必ず「い」で終わるので、考えやすいです。次のようになります。
来てもい……いモテ期
安易なのは、「来てもいいモテ期」です。いいと思います。が、あんまり面白くないです。うーむ。ということでしばらく他の品詞の可能性も交えていろいろ考えていましたが、よい案に至らず。

何日かして、「来てもいい」を「来てもいい頃」に伸ばした
来てもいい頃、濃いいモテ期
というのを思いつきました。しかし「濃いい」はイマイチだし、「濃いいモテ期」ってどんなモテ期だかわからん。

さらに日が経ち、実はこの「こいい」は、形容詞ではなくて、動詞の命令形「来い」だと見なせる、ということに気づきました。
来てもいー頃、来ーいモテ期
けっこうよくなった。しかも
来てもいー頃だろ、来ーいモテ期
とするともっと収まりがよくなる。長音使っていて苦しい感じだけど。

しばらくこれを頭のなかで反芻してみると……ややっ、「いー頃」を「良い頃」にすれば、対応箇所が「来いよ」になって万事解決するじゃあないの。これはすごい! ということで、単なる偶然によって
来ても良い頃だろ、来いよモテ期!
に至った、という次第。あれはちょうど5年前の今ごろ、職場からの帰路でのことでありました。

これは、なんだか長い迂回をしているように見えます。「モテ期」からストレートに完成形に辿りつける賢い人はいそうです。でも、私自身がこの完成形に至るには、やっぱり上記の複雑なステップが必要であったような気が今はしています。仮に「来ても良い」というフレーズに先に至っても、それをひっくり返した「いよモテ期」の「い」が、実は「来い」という動詞の命令形の語尾になりうるとは思わず、「来ても良いが、長いよモテ期」とか、形容詞で探してしまいそう。私にはいかにも言語的インスピレーションが不足していて、盲点だらけでお恥ずかしいのですけど。

一見自然に見える回文でも、背景にはややこしいプロセスがある場合があるよ、という話でした。こう考えてみると、やはり「到達不能回文 X」の存在にはけっこう現実味がありそうに思いませんでしょうか。全人類の盲点になっている回文が、どこかにないかしら……。

2 件のコメント:

  1. この記事、大変興味深く読ませて頂きました。
    回文界にとって非常に有益な情報のように思われます。
    ブレイクスルーがあったからこそ凄いと思わせる回文になったのでしょうね。
    私もいつか一人歩きをするくらいの傑作を作りたいと思っております。
    所で文章中「到達不可能回文」は盲点になっている回文という意味で使ってるみたい。
    「到達不可能回文」は到達不可能ではないのね……。

    返信削除
    返信
    1. おおありがとうございます。私もこういう情報は有益なはずと思って出したけど、ぜんぜん反応ないから落ち込み中でした。
      到達不能回文は、定義しようとすると「現在、人々の盲点になっていて、いかなる自然な手順によっても到達できない。見つかるとすれば、何かの偶然か、作成法の開拓による。というような回文」ということになるだろうか……まあそもそもがいい加減に考えた話なので、てきとーに考えていただければ。

      削除