2019/12/30

[048]追加規則について(2) 追加規則と文の表記


「『え?』と問えや、ええ?」
「……ぇ?」
「小っちぇえ! 『え?』や、『え?』と問え!」

[えととえやええ

ちっちぇええやえととえ]
(旧版:(114) 2008/07/07 改作)

このブログで 以前 に提案した回文の定義は
回文とは、文であって、その表記のひとつが「逆から辿ると元と同じ」という条件を満たすものである。
というものでした。表記の「ひとつ」、と言っているところがミソで、表記の仕方をいろいろに取り替えると、それ次第でいろいろな種類の回文が考えらえるのでした。ローマ字表記回文、漢字表記回文、点字表記回文、などなど。

では、前回 いろいろ例示した追加規則ありの回文を、この回文の定義に従って回文とみなすには、どうすればいいでしょうか。つまり、「〇〇表記回文」の〇〇に何を入れて考えればいいでしょうか。

「清濁変換あり」の場合


まず、「出しました」などを回文とみなす緩和規則、「清濁変換あり」について考えます。

「出しました」は、ふつうのひらがな表記「だしました」ではもちろん回文にならないのですが、濁点をいっさいつけないで書く「濁点なしひらがな表記」による回文になっていると考えることができます。実際、濁点なしひらがな表記では「たしました」と書かれることになり、たしかに逆読みが同じです。

回文の書籍によっては、回文の読み仮名が濁点なしひらがな書きで書かれている場合があるので(たとえば福田尚代さんの諸著がそうです)、これは実際に使われている表記でもあり、現実に即した考え方と言えます。また、前回 引用した土屋耕一氏の文章にもあるように、昔のかな書きでは「濁点についてはまったく自由」だったので、その表記方法に従っていると考えれば、これは由緒正しい表記とも言えるでしょう。

この考え方は、「清濁変換あり」をこのブログでの回文の定義に引きつけて言い直しているだけで、前回述べたように「濁点を無視する緩和規則を使っている」と考えるのとけっきょく同じことです。どちらで考えても問題ありません。ただ、緩和規則というと、ベースとなるルールから逸脱していてちょっとズルい、完全回文からは劣る、という印象が付きまとうところ、「濁点なしひらがな表記」による回文だと考えれば、表記の仕方が違うだけであって、ふつうのひらがな表記の回文と同等に考えることができる、という印象を(少なくとも私には)与えます。後者のほうが、片方を特別視しない考え方なので、自分好みです。

「は/へ」を区別する規則の場合


次に、「「wa/e」と読む「は/へ」と、「ha/he」と読む「は/へ」を同一視してはいけない」という追加規則(強化規則)を、「〇〇表記回文」として捉えるにはどうすればいいでしょうか。つまり、たとえば「鯛は吐いた」を回文と見なさないための表記はどんな表記か、ということです。

それには、次のような表記を考えればよいのです。「鯛は吐いた」は、ふつうのひらがな表記では「たいははいた」となって回文になってしまいますが、「wa/e」と読む「は/へ」を、別の文字、たとえば「ワ/エ」と書くことにすれば、「たいワはいた」となって逆読みが同じにならなくなり、回文ではないと見なすことができます。つまり、「ワ/エ追加ひらがな表記」を考えればよいのです。この表記だと、「わ」と「ワ」、「え」と「エ」も区別されるので、「私は駅へ行きます」は「わたしワえきエいきます」と書くことになります。たとえば「鯛は湧いた」は「たいワわいた」と書くことになり、これも回文になりません。通常のひらがな表記で回文と見なされないものは依然として回文と見なされず、たしかに強化されたルールになっていることがわかるでしょう。

「愛のウロボロス」の場合


総仕上げに、前回 取り上げた武田雅哉「愛のウロボロス」に対応する表記がどんなものか、考えてみましょう。前回示した、「愛のウロボロス」での緩和規則一覧を参照すると、この表記はたとえば次のようなものになるでしょう:
  1. 小書きの文字は使わず、すべて大きく書く。
  2. 助詞の「は」「を」「へ」は「わ」「お」「え」と書いてよい。(※必ずそう書かないといけないわけではないことに注意してください。助詞の「は」を、普通の「は」と対応させているところもあるからです。以下「書いてよい」とあるところはすべて同じ意図によります)
  3. オ行長音、エ行長音を、「お」「え」で書いてよい。たとえば「謳歌」を「おおか」と書いてよい。
  4. 「ぢ」を「じ」と書いてよい。
  5. 濁点は書かない。
  6. 長音を表す仮名を書かなくてもよい。長音符号「ー」だけではなく、たとえば「龍王」を「りゅお」と書いてよい。
  7. 促音「っ」を書かなくてよい。たとえば「勝手」を「かて」と書いてよい。
  8. 撥音「ん」を書かなくてよい(場合がある)。たとえば「永久に伝えン」を「とわにつたえ」と書いてよい。
  9. 「ゝ」と書かれる仮名を書かなくてよい。たとえば「溢るる(あふるゝ)」を「あふる」と書いてよい。
  10. 歴史的仮名遣いを交えてよい。たとえば「吐きそう」を「はきさう」と書いてよい。
この表記だとたとえば
用事って、なんだかなあ。ママ、暇なかたなんでしょう?
という文は
よしてなたかなまひまなかたなてしよ
と書けるため、回文だということになります。何が何だかわかりませんが、そういう表記なのです。

勝手に考えても良い


「愛のウロボロス」はちょっと行き過ぎに見えるかもしれませんが、でも、追加規則は自分で自由に考えてよいし、表記は自分で勝手に考えてよいのです。自分が納得できて面白く感じさえすれば、どんなルールも表記もありです。回文は自由です。

たとえば、「ね」と「れ」と「わ」は似ているから全部まとめて「レ」で表す、という表記を考えてみます。この表記での回文は、「ね」「れ」「わ」を全部同一視する、という緩和規則をつけたひらがな表記回文になります。たとえば
割れたネギ値切れたわね。
はこのルールでの回文です。「レ」を使った表記では
レレたレぎレぎレたレレ
となります。たしかに回文だ!


回文のルールについて、これまで長々と考えてきましたが、今回でひと段落です。「回文とは何か」という問題を考えることで、新しい回文の世界が開けたり、通常のひらがな表記回文について新しい見方ができるようになったりするのが面白いと感じます。また、いろいろな回文をいろいろな表記で考え直していると、日本語の表記というのは本来さまざまなものがありえて、そのうちの特殊なひとつをみんなで合意して使っているのだなあ、ということが改めて実感されます。回文について考えることは、言葉とその表記について考えることでもあるのです。

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