前々回(半年も前ですが)、「愛のウロボロス」という回文作品に出てくる緩和規則の種類を全列挙しました。多様な緩和規則が用いられていて「緩和規則見本市」になっている、とその記事では書いたのですが、その後、それ以上に多様な「緩和規則見本市」があることに気がつきました。
それは、回文業界では有名な回文投稿サイト「回文21面相」です。現在までにのべ45000個近くの回文が登録されています。
方針
「回文21面相」の投稿回文に出てくる緩和規則の種類を列挙したいのですが、その前に細かな注意を。
「緩和規則」について述べるからには、何が「完全回文」なのかを決めておく必要がありますが、以下では、標準的な「ひらがな表記」で考えて、逆読みして同じものを「完全回文」と見なします。
「回文21面相」の投稿回文には、漢字かな交じりの表記とひらがな表記が併記されています。このひらがな表記を使って完全回文かどうか判断できればいいのですが、残念ながら、このひらがな表記は投稿者によって方針が違っていて厄介です。たとえば
炬燵消え冷えきった子 (こたつきえひえきったこ)
(チャッピーズパパ https://kaibun21.jp/works/15970/)
という投稿回文のひらがな表記では促音が「っ」で表記されていますが、
コタツ必ず譲らなかった子 (こたつかならずゆずらなかつたこ)
(tanike30 https://kaibun21.jp/works/10962/)
では促音が大きな「つ」になっています。これらのひらがな表記をそのまま使うのは、すべての投稿回文を統一的に調べるうえでは望ましくありません。
そのためここでは、投稿回文の「漢字かな交じり表記」のほうを、“普通の”ひらがな書きに直して考えることにします。たとえば上記の「コタツ必ず譲らなかった子」なら、普通のひらがな書きは「こたつかならずゆずらなかったこ」で、これは逆から読んで同じにならないため、「つ」と「っ」を同一視する緩和規則を使っているのだ、と考えることになります。投稿作品に付されたひらがな表記のほうは基本的に無視し、参照するのは、漢字かな交じり表記のほうに誤記と思われる部分があるときや、読みに確定できない部分があるときだけにします。
「回文21面相」の緩和規則
お待たせしましたが、「回文21面相」の投稿作品に使われる緩和規則は、分類すると以下の13種類あります。(プログラムを書いてほぼ機械的にチェックしているため、おそらくこれで全種類を網羅できているはずです。)
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大小変換(ゃ→や、など)
例:「とんがれ鉛筆、逸品エレガント!」(とんがれえんぴついっぴんえれがんと)
(ただのすけ https://kaibun21.jp/works/8221/) -
清濁変換(が→か、など)
例:「縦糸ほどいてた」(たていとほどいてた)
(チャッピーズパパ https://kaibun21.jp/works/4154/) -
はへを→わえお
例:「M字ハゲはジムへ」(えむじはげはじむへ)
(tanike30 https://kaibun21.jp/works/10730/) -
長音→母音(こー→こう、など)
例:「垢落とすストーカー」(あかおとすすとーかー)
(はぎやん https://kaibun21.jp/works/19393/) -
母音→長音(こう→こー、など)
例:「それで父さん、今晩コンサート出れそ?」(それでとうさんこんばんこんさーとでれそ)
(ボツの壺 https://kaibun21.jp/works/23809/) -
じ=ぢ/ず=づ
例:「削らない奈良漬け」(けずらないならづけ)
(カズ https://kaibun21.jp/works/10682) -
お行長音のう=お/え行長音のい=え
例:「思う存分増毛」(おもうぞんぶんぞうもう)
(blackbox https://kaibun21.jp/works/27233) -
拍単位
例:「憎いな、ジャパンはハンパじゃない国!」(にくいなじゃぱんははんぱじゃないくに)
(Grasprind https://kaibun21.jp/works/6273) -
ゔぃ→び
例:「ヴィトン、段差の三段跳び」(ゔぃとんだんさのさんだんとび)
(はぎやん https://kaibun21.jp/works/22621) -
いう→ゆう
例:「なうゆとり有り、と言うな。」(なうゆとりありというな)
(カリーニン https://kaibun21.jp/works/25064) -
歴史的仮名遣いへの変換
例:「代走を塞いだ」(だいそうをふさいだ)
(はぎやん https://kaibun21.jp/works/19555) -
長音無視
例:「ジャニーズに野次」(じゃにーずにやじ)
(南風 https://kaibun21.jp/works/7521) -
促音無視
例:「あったかかったあ!」(あったかかったあ)
(メットカット https://kaibun21.jp/works/5189)
いろいろあるものだなあと思います。
緩和規則の頻度
2020年6月30日までの投稿回文の個数は、44128個です(偽回文(回文になっていないもの)、普通のひらがな表記ではない回文(ローマ字回文、二文字回文、転文など)を除く)。そのうち、緩和規則を使っているものは8433個です。5分の1くらいなのですね。
上記の緩和規則それぞれを使った回文の個数はどうなっているでしょうか。調べてみると、以下のとおりです。(「長音→母音変換」と「母音→長音変換」は、どちらを使っていると考えてもいい場合があり(「ロードは道路」など)、その場合は「長音→母音変換」に優先してカウントしています。)
緩和規則の種類 | 個数 | 割合 |
大小変換 | 4449 | 0.5275 |
清濁変換 | 489 | 0.0579 |
はへを | 2288 | 0.2713 |
長音→母音 | 1314 | 0.1558 |
母音→長音 | 142 | 0.0168 |
じぢずづ | 190 | 0.0225 |
うおいえ | 31 | 0.0036 |
拍単位 | 78 | 0.0092 |
ゔぃ→び | 1 | 0.0001 |
いう→ゆう | 15 | 0.0017 |
歴史的仮名遣い | 18 | 0.0021 |
長音無視 | 154 | 0.0182 |
促音無視 | 23 | 0.0027 |
回文を作る方なら実感されていることとは思いますが、大小変換が圧倒的に多く使われていることがわかります。
さらに、緩和規則の使用頻度の時間変化を見るとなかなか興味深い傾向が見えてきます。
代表的な緩和規則の種類5つについて、3か月区切りで、その期間に投稿された回文のうちその規則が使われているものの割合をグラフにしました。使われている緩和規則には、投稿している方の趣味が色濃く反映されるので、かなり凸凹したグラフになっているのですが、なんとなくの傾向はあります。「大小変換」はおおむね1割程度で安定しているのですが、「はへを」や「長音→母音」については、波がありつつもなんとなく増加傾向にあると言えそうです。「清濁変換」は、2010年ころはそれなりの割合あったのですが、年を経るにつれてほとんど0に近い状態になっています。「長音無視」も似たような傾向が見えます。緩和規則にも流行り廃りがありそうです。
おまけ:回文チェッカー
緩和規則を機械的にチェックするために書いたプログラムを流用して、新しい回文チェッカー を作ってみました。上記の緩和規則に加えて、「愛のウロボロス」で出てきた「撥音無視」もチェックできます。遊んでみてください。ただし、「回文21面相」の回文のひらがな表記を正しく回文と判定できる、というのが作成の目標だったので、網羅しきれていないパターンがあるのはほぼ確実で(とくに複数の緩和規則を組み合わせるようなパターン)、そのあたりは大目に見てください。ご指摘ご要望いただければ修正するかもしれません。
次回以降も、「回文21面相」の回文データを用いていろいろ調べたり遊んだりしてみます。
初投稿します。更新楽しみに待っていました!
返信削除自身が回文始めたのはまさに回文21面相でしたのでとても興味深いです。次回以降も楽しみにしてます!
さっそくのコメントありがとうございます。たいへん励みになります!
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